医薬保健研究域医学系の河﨑洋志教授,新明洋平准教授らの研究グループは,これまで解析が困難だった脳回(※1,図1)ができる仕組みの一端を,独自技術を用いて世界に先駆けて明らかにしました。
ヒトの脳の表面(=大脳皮質)(※2)に存在する脳回は脳の高機能化に極めて重要だと考えられ世界的にも注目されています。しかし医学研究に多く用いられているマウスの脳には脳回がないため脳回に関する研究は困難であり,脳回ができる仕組みは謎に包まれています。そこで本研究グループは,ヒトに近い発達した脳を持つ高等哺乳動物フェレット(※3,図2)を用いた独自の研究技術を世界に先駆けて開発してきました。
今回,本研究グループは最近注目されているゲノム編集技術(※4)を使って,フェレットの脳を解析するための研究技術を世界に先駆けて報告しました。この技術を用いて,大脳皮質の表面近くに存在する神経細胞が脳回をつくるために重要であること,また,Cdk5という遺伝子が働くことが重要であることを明らかにしました。
従来,脳回ができる仕組みやヒトの脳回異常疾患の発症の仕組みに関する研究データはあまりなく,本研究は世界に先駆けた研究成果です。本研究を発展させることにより,マウスを用いた従来の研究では解明が困難だったヒトの脳における進化の過程の解明につながることが期待されます。また今回開発された技術を用いることにより,これまでマウスでは解析が困難だったさまざまな疾患病態の究明に発展することが期待されます。
本研究成果は米国の科学誌「Cell Reports」のオンライン版に日本時間2017年8月30日に掲載されました。本成果の一部は文部科学省科学研究費補助金,武田科学振興財団,上原記念生命科学財団,稲盛財団,千里ライフサイエンス振興財団の支援を受けて行われました。
図1 脳の表面に数多く存在する脳回(矢印)
左)ヒトの脳を横から見たイラスト。 右)脳の断面図のイラスト。
図2 フェレットの脳の外観
ヒトの脳と同様にフェレットの脳の表面には脳回が見られます。
図3 本研究結果のまとめ
大脳皮質の断面図のイラスト。濃青が大脳皮質の表面側,淡青が深部側を意味しています。黄色の三角は神経細胞を示しています。脳回ができる前には数少なかった表面側の神経細胞が(左図,濃青部分の神経細胞),時間とともに多くなる(右図,濃青部分の神経細胞)ことにより,脳表面に突出(=脳回)ができると考えられます。Cdk5は神経細胞の脳表面への移動に重要な遺伝子です。
【用語解説】
※1 脳回
大脳皮質の表面に見られるシワ(隆起)の名称。進化の過程で脳回ができたことによって,多くの神経細胞を持つことが可能になり,その結果,脳の高機能化につながったと考えられています。脳回は世界的にも注目されていますが,脳回ができる仕組みはいまだに謎に包まれています。
※2 大脳皮質
大脳の表面を覆っている脳部位の名称。ヒトの大脳皮質は,ほかの動物の大脳皮質に比べて特に発達しており,高次脳機能に重要な部位と考えられています。大脳皮質の異常は,さまざまな脳神経疾患や精神疾患につながると考えられており,脳の中では最も注目されている部位の一つです。
※3 フェレット
イタチに近縁の高等哺乳動物。マウスに比べて脳が発達しており,脳回を持っているため今回の研究に採用しました。フェレットを用いた遺伝子研究は世界的にもまだ少なく,本研究グループの特徴となっています。
※4 ゲノム編集技術
ゲノムの狙った部位を選択的に破壊する技術の一つ。CRISPR/Cas9と呼ばれるものが有名。近々ノーベル賞の対象になるのではないかと考える専門家も多いほど画期的な技術。