金沢大学新学術創成研究機構の井上啓教授らの研究グループは,インスリン(注1)が視床下部を介して肝臓の糖産生を抑制する仕組みについて解析を行い,そのメカニズムの解明に成功しました。
糖尿病・肥満では,脳による肝臓の糖産生の調節が破綻していることが知られています。脳の視床下部は,ホルモンや栄養素の変化に応じて,肝臓のブドウ糖の産生(糖産生)を調節し,血糖値を制御するという役割を担っていますが,視床下部が肝臓の糖産生を制御するメカニズムは明らかにされていませんでした。
今回,井上教授らは,視床下部がインスリンを感知し,迷走神経の活動を抑制することで,肝糖産生を抑制すること,さらには,その作用がα7型ニコチン性アセチルコリン受容体(注2)を介した肝臓のインターロイキン6(注3)の分泌調節により制御されることを明らかにしました。
今回の研究結果は,糖尿病・肥満の病態の解明だけでなく,糖尿病・肥満と密接に関連するメタボリックシンドロームの新しい予防薬や治療薬の開発につながるものと期待されます。
本研究成果は,米国東部標準時間2016年3月3日午前12時(日本時間3月4日午前2時)発行の米国科学誌Cell Reportsのオンライン版に掲載されました。
インスリンは,肝臓に直接作用して糖産生を抑制するが,同時に,脳の視床下部に作用することによっても,間接的に肝臓の糖産生を抑制している。
視床下部がインスリンを感知した後での,迷走神経の神経活動の変化
インスリン無投与群(コントロール)(左)あるいはインスリン投与群(右)において,迷走神経の活動を測定した。インスリン投与群では,迷走神経の活動が低下した。
(注1)インスリン
膵臓のランゲルハンス島から分泌されるホルモン。インスリンは,血糖値の上昇に反応して分泌され,血糖値を減少させる。インスリン作用の障害は,血糖値の増加を引き起こし,糖尿病発症の原因となる。
(注2)α7型ニコチン性アセチルコリン受容体
アセチルコリン(注7)受容体には,ムスカリン型とニコチン型があり,ムスカリン型は5種類の存在が認められている。一方で,ニコチン型は,16種類のサブユニットのうちの5つのサブユニットが集まって構成する5量体構造をしており,その種類は豊富である。α7と呼ばれるサブユニットが5つ集まって構成するα7型受容体は,神経やマクロファージ(注6)に発現している。
(注3)インターロイキン6
マクロファージなどの免疫系細胞から産生されるサイトカインと呼ばれるホルモンの一種。炎症に伴い増加し,体の炎症応答を引き起こす。一方で,食事後などでの一過性の増加は,肝臓での糖産生を減少させる。