数理モデルを使って遺伝子ネットワークに隠された新しいメカニズムを発見

掲載日:2016-8-19
研究

新学術創成研究機構の佐藤純教授,北海道大学 電子科学研究所の長山雅晴教授,九州大学大学院 医学研究院の三浦岳教授らの共同研究グループは,脳の形成過程において長距離性の情報伝達因子であるEGF(※1)と短距離性の情報伝達因子Notch(※2)の協調作用に注目し,数理モデリングを活用したコンピューターシミュレーションの結果を実験的に検証することによって,Notchの働きがEGF存在下では大きく変化することを見出しました。

細胞と細胞が情報のやりとりをする時,長距離性の情報伝達は拡散性のタンパク質によって,短距離性の情報伝達は細胞膜上のタンパク質によって隣接する細胞に伝達されます。EGFは長距離性の,Notchは短距離性の情報伝達を担う中心的な因子として知られています。しかし,この両者が協調して働いた時にどのような効果を示すのか,通常の生命科学実験によって調べることは困難であり,ほとんど理解が進んでいませんでした。

今回,EGFとNotchの協調作用を調べるにあたり,ショウジョウバエ脳の神経幹細胞(※3)形成過程において見られるProneural Waveと呼ばれる「分化の波」(※4)に注目しました。類似した分化の波は他の生物においても存在します。Notchの短距離作用が働いた場合,一般的にはいわゆるゴマシオパターン(図1)を形成しますが,Proneural Waveにおいてそのようなパターンは見られません。そこで,数理モデルに基づいたコンピューターシミュレーションを行ったところ,EGFの産生を減少させるとゴマシオパターンが現れることが予測されました(図2b)。実際にEGFの産生量を減少させたところ,脳において明らかなゴマシオパターンが現れたことから(図2d),Proneural WaveにはNotchによる短距離性作用が確かに組み込まれており,EGFとの協調作用によって波の伝播速度を制御するという新たな役割を果たすことが明らかとなりました。

suurimodel2

suurimodel3

EGFとNotchの協調作用は大脳皮質の形成過程における神経幹細胞の分化や,肺がん・乳がんの発症過程においても重要な役割を果たしていると考えられることから,本研究によって明らかとなった遺伝子ネットワークの動作機構,およびその正確なシミュレーションを実現する数理モデルは今後それら様々な生命現象の研究に対しても応用できると期待されます。

 

本研究成果は,米国科学誌Proceedings of the National Academy of Sciencesのオンライン版で2016年8月17日(米国東海岸標準時間)に掲載されました。なお,本成果は,科学技術振興機構(JST)CREST「生命現象における時空間パターンを支配する普遍的数理モデル導出に向けた数学理論の構築」(研究代表者:栄 伸一郎),JST さきがけ,科学研究費補助金,物質・デバイス領域共同研究拠点,積水化学「自然に学ぶものづくり」,旭硝子財団などの援助によって得られました。

 

※1 EGF (上皮成長因子)
分泌性・拡散性のタンパク質で,産生された領域から離れた場所において様々な作用を及ぼす。

※2 Notch
側方抑制のシグナルを受け取る受容体(タンパク質)であり,分化細胞に隣接する細胞の分化を抑制する効果を持つ。

※3 神経幹細胞
脳において多数の神経細胞を産み出す特殊な細胞で,上皮細胞から分化する。

※4 分化の波
細胞が何らかの特徴的な性質を獲得する過程を「分化」という。神経幹細胞は上皮細胞から分化するが,平面上に配置された上皮細胞があたかも波が伝播するように一列ずつ順番に分化するため「分化の波」と呼ばれる。

※5 側方抑制
分化しつつある細胞が隣接する細胞に抑制性のシグナルを送り,分化した細胞の数および配置を制御する現象で,多くの場合Notchによって制御される。

 

詳しくはこちら[PDF]

Proceedings of the National Academy of Sciences

研究者情報:佐藤 純

 

FacebookPAGE TOP