平成20年3月22日 金沢歌劇座
本日ここに,平成19年度金沢大学学位記・修了証書授与式が挙行されましたこと誠に慶賀に存じます。ただいま学部1,836名,専攻科11名及び別科40名,計1,887名の方々に学位記及び修了証書を授与いたしました。卒業生,修了生の皆さんおめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。ご家族・保護者の方々には,これまでのご苦労と本学へのご協力に感謝し,併せてお喜びを申し上げます。
さて,皆さんは4月から社会人として,あるいは社会により近づいた大学院生として新たな一歩を踏み出します。地方から国,さらには国際へと拡がる社会にあって,我が国はじめ世界の国々は,ポスト冷戦とグロバリゼーションの大きな波のはざまで,次々と生ずる問題を解決できないまま混迷を深めています。
アメリカはイラク問題や地球環境問題で威信を失い,さらにサブプライムローン問題でドル安が進むなど,政治的にも経済的にも不安定感が否めません。代わって,中国,ロシア,インドなどBRIC’sの台頭は目覚しいものがありますが,多民族からなるそれらの国々は深刻な国内問題を抱えていることもあり,テロ防止や温室効果ガスの削減など,国際的な課題に公共財を負担するほどの意識の高まりはありません。そういう日本は,京都議定書などにリーダーシップが見られるものの,冷戦後も安全保障をアメリカに依存し続けており,このことが危機対応の弱さとなっているように思えます。戦後は経済に活路を開き大きく発展した日本ですが,バブルの崩壊で基盤の脆弱さが現われ,今なお,ゼネコン,証券,運輸,電力,食品などあらゆる業種で偽装などの不祥事が続発しています。
国際社会が,東西冷戦という見掛け上,安定な枠組みが崩壊したことで,予期せぬグローバルな流れが生じ,この流れが宗教や民族などの軋みを吹き出させ,それまで営々と築いてきたアイデンティティさえも消滅させようとしています。このような状況にあって,国も企業も,そして組織の一員においても,それぞれの「責任」ある立場で「選択と決断」が求められ,その対応の在り方が将来にわたり極めて重要になっています。
我が国では今,官から民への構造改革が進められています。そこでは,「官」は保護と規制の象徴であり,民は自由と競争を体現するものとした,所謂,規制撤廃と市場主義を掲げる新自由主義ネオリベラリズムが根底となっています。すなわち,構造改革は責任ある立場による既存の枠組みの意図的な崩壊であり,それ故,この場合の「選択と決断」は極めて重いものと言えます。
国立大学の法人化は,自主自律のもとで個性を高め,国公私を交えて競争することで,高等教育の全体が活性化されつつあります。しかし一方では,教育の機会均等や質の保証,基礎研究の推進や地方における適正配置など,これまで国立大学によって進められてきた高等教育の計画性や公共性の維持が難しくなったとする懸念が強まっています。
諸君の多くは,金沢大学が国立大学法人となった平成16年度に入学されました。学部・学科を選択し,石川県・金沢市で生活され,社会との関わりをもって本学で学ぶことで専門の知識と知恵を獲得し,ものの見方,考え方,価値観などの総体としての教養を身に付けられました。そして,就職や進学という選択をして卒業されます。選択を繰り返すことで専門性を高め,豊かな教養を身に付けられた諸君には,これからは責任ある立場で新たな選択と決断が求められます。そしてこれらのことは,組織や個人が存在理由としている社会のためになされるべきであり,これはまさに「公共性」と言えるものです。国際社会の一員としての公共性は,例えば地球環境に責任を持つ意識でありましょう。日本という社会の一員にあっては,それに帰属する意識であり,国家の目標のためには自社や自分の利益を少しは犠牲にしても良いとする意識でありましょう。そして,企業にあっては,職業倫理やコンプライアンスを順守し,皆のためにという意識を持つことでありましょう。諸君には,これから組織の一員として,また国および地球の市民として,公(おおやけ)を意識した責任をもって選択し,決断することを期待いたします。
角間キャンパスのある奥卯辰山にも,宝町・鶴間キャンパスの小立野台地にも春の息吹が感じられます。諸君におかれては,北陸の知の拠点・金沢大学で学んだことを誇りとし,それぞれの道で活躍されますよう。仕事の関係で,同窓生として,また再び学ぶために母校を訪ねられることがあれば幸いです。諸君の健闘を称え,さらなる発展を祈念し,告辞といたします。
平成20年3月22日
金沢大学長 林 勇二郎