金沢大学ナノ生命科学研究所の福間剛士教授と,マルコス・ペネド特任助教(研究当時),産業技術総合研究所との共同研究グループは,生きた細胞の内部においてナノスケールの構造やその動きを直接観察できる原子間力顕微鏡(AFM)(※1)技術を開発することに成功しました。
生細胞内部におけるオルガネラ(※2)やタンパク質などのナノスケールの構造および動態を理解することは,さまざまな細胞機能やそれが関係する疾患,老化などの生命現象の仕組みを理解する上で,極めて重要な手がかりとなります。しかし,従来の観察技術では生きた細胞の中でそれらを直接観ることはほとんどできませんでした。
本研究グループは,生きた細胞の内部を直接観察できる新たな技術である「ナノ内視鏡AFM」を開発しました。この技術では,あたかも生きた人体に細長い内視鏡カメラを挿入してその内部を観察するように,生きたままの細胞の内部に細長いニードル状のAFM探針を挿入し,その探針の先端が細胞内の構造と接触する際に受ける微弱な力を検出することで細胞内構造を画像化します。本研究では,この技術を用いて細胞核やアクチン繊維(※3)などの3次元分布や,細胞膜を支えるナノスケールの裏打ち構造の動きを生きたままの細胞の内部で観察できることを明らかにしました。
ここで開発した技術は将来,従来技術では観ることのできなかったタンパク質やオルガネラの動きや硬さなどを細胞内で直接計測することを可能とします。さらに,この技術は,がんや感染症などの重大な疾患の発生や悪性化のメカニズムを解明し,診断・治療法の改善に貢献することが大きく期待されます。
本研究成果は,2021年12月22日午後2時(米国東部時間)に米国科学誌『Science Advances』のオンライン版に掲載されました。
図1. ナノ内視鏡AFMによる細胞内3次元観察の原理と測定例
(a)動作原理,(b)生きたHeLa細胞の3次元AFM像,(c)生きた繊維芽細胞内部のアクチン繊維の3次元AFM像。
図2. ナノ内視鏡AFMによる細胞内2次元観察の原理と測定例
(a)動作原理,(b)繊維芽細胞の細胞膜の内側にある裏打ち構造の2次元AFM観察像,メッシュ状のアクチン繊維の分布とその動的な変化が観察されている。
【用語解説】
※1 原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy: AFM)
鋭く尖った探針で固体表面をなぞることで,その表面形状を観察することのできる表面分析技術。液中で原子や分子を直接観ることのできる顕微鏡技術。
※2 オルガネラ
細胞核やミトコンドリアなどの細胞内小器官であり,細胞の増殖やエネルギーの生成など,細胞の機能を維持するためのさまざまな機能を果たす。
※3 アクチン繊維
細胞骨格の一種。細胞の形状維持や運動のために重要な役割を果たす。
研究者情報:福間 剛士