金沢大学ナノ生命科学研究所のアイハン・ユルトセベル特任助教,福間剛士教授らは,原子間力顕微鏡を用いてセルロースナノ結晶(CNC)(※1)の液中の表面構造やその表面の水和構造を原子レベルで明らかにし,さらにその表面に欠陥があることを明らかにしました。本研究は,セルロースを分解して再生可能なナノ材料として利用し,生化学製品やバイオ燃料に応用するための重要な成果となる事が期待されています。
金沢大学の研究者を中心とした本研究グループは,3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)(※2)と分子動力学シミュレーションを用いて,液中におけるCNC繊維の表面構造やその表面の水和構造を原子レベルで明らかにしました。単一のCNC繊維の表面構造は,ハニカム(蜂の巣状)やジグザグの構造が並んだ結晶状態になっていましたが,その表面の一部には結晶構造が乱れた非結晶領域が不規則に点在する欠陥構造が存在していることが確認されました。福間剛士教授は,「これは,再生可能ナノ材料や化学製品へのバイオマス変換に関連するCNC分解メカニズムの理解のための重要な成果です。」と述べています。また,超分子材料のCanada Research Chair(注)であり,本論文の共著者であり、ナノ生命科学研究所の海外PIでもあるカナダ・ブリティッシュコロンビア大学(UBC)のマーク・マクラクラン教授は,「本研究のように天然の結晶構造の表面や欠陥を可視化することは,その材料を用いた応用研究開発を進める上で大変重要です。これは,金沢大学ナノ生命科学研究所における国際共同研究の優れた研究例の一つです。」と述べています。
本研究では,マクラクラン教授の他,同じく海外PIであるフィンランド・アールト大学のアダム・フォスター教授らが、分子動力学計算の分野で参画・貢献しました。
本成果は,2022年10月14日(米国東部時間)に国際科学誌『Science Advances』のオンライン版に掲載されました。
(注)Canada Research Chair (Program):カナダの国家的研究開発戦略の中心として2000年にカナダ政府によって創設された非常に権威ある称号(プログラム)。カナダの研究機関に在籍する世界的に評価の高い研究者をChairholderとして選出し,研究助成金を提供するもの。
© 2022 Yurtsever, et al.
(A) 水中で取得したCNC表面の欠陥のAFM像。(B) CNC表面の高分解能AFM像。界面の分子スケール構造が明瞭に可視化されている。(C) (B)に示した画像を2D-FFTフィルタ処理を施して取得した画像。 (D,E) セルロース/水界面で取得した3次元周波数シフト分布像の2次元垂直断面。規則的に構造化された水分子の分布を示している。
© 2022 Yurtsever, et al.
(A) 水中のCNCのMDシミュレーションモデルのスナップショット。 分子軸(c軸)は,画像に対して垂直方向。(B) シミュレーションにより計算したCNC周囲の水分子の3次元密度分布。(C,D)(010)面上の水密度分布の平均2次元密度分布。(E,F) (C, D)において白色と赤色の矢印で示したZ位置で取得した水平方向の2次元水密度分布。(G,H) 実験で取得した3次元周波数シフト分布像の垂直および水平2次元断面像。
【用語解説】
※1 セルロースナノ結晶(CNC)
セルロースは,機械的に強い非水溶性の繊維状の生体高分子であり,植物細胞の構造を保つ役割があります。CNC は,通常は化学薬品や機械操作によってセルロース原料の一部の微小繊維構造をロッド状の結晶に変換されることで精製されます。CNC は,酵素の固定,抗菌・医療材料,グリーン触媒,バイオセンシング,ドラッグキャリアの開発など,幅広い分野への応用が期待されている材料です。
※2 3次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)
3D-AFM は福間剛士教授らによって開発された AFM であり,従来の AFM における水平方向の探針走査に加えて垂直方向にも探針を走査させ,その時に探針が受ける相互作用力を計測することで,固体と液体の界面構造を原子・分子スケールで 3 次元計測することが可能な手法です。これにより,固体表面だけではなく,固体の表面に形成される水和構造(水分子の密度分布)も解析することができます。
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研究者情報: Ayhan Yurtsever
研究者情報: 福間剛士
研究者情報: Mark J. MacLachlan
研究者情報: Adam S. Foster