東京大学医学部附属病院泌尿器科・男性科の秋山佳之講師,久米春喜教授と同大学大学院医学系研究科遺伝情報学の曽根原究人助教,岡田随象教授,金沢大学医薬保健研究域医学系の前田大地教授らによる研究グループは,膀胱の粘膜に慢性炎症・びらんが生じ,膀胱痛や頻尿・尿意切迫といった症状をきたす,原因不明の難病である間質性膀胱炎(ハンナ型)(※ 1)のゲノムワイド関連解析(※ 2)を行い,主要組織適合遺伝子複合体(MHC)(※ 3)領域内に存在する,複数のヒト白血球抗原(HLA)遺伝子領域(※4)(HLA-DQB1、HLA-DPB1)の遺伝子多型(※ 5)が,その発症に関与していることを同定しました。
希少疾患である間質性膀胱炎(ハンナ型)の遺伝的背景については,これまで不明でしたが,本研究は,初めてその発症に遺伝的要因が関わっていることを明らかにしました。同定された疾患感受性遺伝子領域(※6)は,免疫反応を調節する機能に関与しており,今後より詳細な間質性膀胱炎(ハンナ型)の病態機序の解明につながることが期待されます。将来的には,本研究成果は同疾患の新しい診断法や発症のリスク予測法,有用な治療薬の開発へつながることも期待されます。
本研究成果は科学誌『Cell Reports Medicine』(オンライン版:米国東部夏時間 7 月 18 日)に掲載されました。
図:間質性膀胱炎(ハンナ型)のゲノムワイド関連解析
【用語解説】
※1 間質性膀胱炎(ハンナ型):
中年以降の女性に好発し,膀胱(下腹部)や尿道の強い痛みと,頻尿や尿意切迫などの排尿症状をきたす,膀胱の慢性炎症性疾患。免疫の異常が発症に関連していると考えられているが,その詳細は明らかではなく,根治治療も確立されていない。特に,症状の強い重症型は国の指定難病となっており,進行すると膀胱が萎縮して尿が溜められなくなり,膀胱摘出に至ることもある。
※2 ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study: GWAS):
ヒトゲノム全体に存在する数百万~数千万か所の遺伝子多型と疾患の発症の関係を,網羅的に検定することで,疾患の発症に関わる遺伝子多型を特定する遺伝統計解析手法。これまで1,000 を超えるヒト疾患に関わる遺伝子多型が同定されている。
※3 主要組織適合遺伝子複合体(MHC):
私たちの細胞の表面に存在する糖タンパク質で,細胞内で処理した抗原(細菌やウイルスなど身体にとって異物とみなされたものの断片)を乗せ,免疫担当細胞に対して抗原提示を行う。構造および機能の違いから,クラスⅠ,クラスⅡ,クラスⅢ に分類される。MHC をコードする遺伝子領域を MHC 領域と呼ぶ。
※4 ヒト白血球抗原(Human leukocyte antigen: HLA)遺伝子領域:
ヒトでは MHC と同義である。
※5 遺伝子多型:
遺伝子を構成している塩基配列の個体差であり,集団中の頻度が 1%以上の割合で認められるもの。一塩基だけ配列が異なる場合は一塩基多型(SNP:Single Nucleotide Polymorphism)と呼ばれ,最も数が多い。多型による塩基配列の違いが,遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし,病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。
※6 疾患感受性遺伝子領域:
疾患の発症(病気のかかりやすさ)を規定する遺伝子およびその領域のことで,その領域にある遺伝子多型によって,病気になりやすい・かかりやすい(リスク)という先天的な体質の一部が,決定されていると考えられている。
ジャーナル名:Journal of Molecular Biology
研究者情報:前田 大地