金沢大学医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授,金田勝幸教授,医薬保健学域薬学類6年の杉江莉奈子,大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻博士前期課程1年の田畑仁紀らの研究グループは,トマトの茎葉や未熟果実に豊富に含有されるトマチジン(※1)およびα-トマチン(トマチン)(※2)にうつ病予防および治療効果があることを発見しました。
うつ病の患者数は世界で約2.8億人と推計されており,深刻な社会的・経済的損失をもたらします。しかし,現在治療に用いられている抗うつ薬は,効果発現までに長期服用が必要で,3分の1以上の患者が治療抵抗性を示すことが問題となっています。一方,2000年代の臨床研究により,全身麻酔薬のケタミン(※3)が,治療抵抗性うつ病患者に即効性の抗うつ効果を示すことが明らかになりました。その後の基礎研究により,ケタミンの抗うつ効果に内側前頭前野(mPFC)(※4)という脳部位でのmTORC1(※5)シグナルの活性化が重要であることが見出されています。しかし,ケタミンには重大な副作用(依存性,幻覚,妄想など)があり,本邦では麻薬に指定されています。そのため,ケタミンより安全な新規うつ病予防・治療法の確立が求められています。
本研究グループは,mTORC1活性化作用を有する食品由来成分の中から抗うつ効果を示す化合物を探索し,その過程でトマトの未熟果実や茎葉に豊富に含有されるトマチジンがmTORC1シグナル活性化作用を有する点に着目しました。そして今回,うつ病モデルマウスを用いて,トマチジンとその前駆体であるトマチン(図1)の抗うつ効果について調べ,トマチジンとトマチンが,mPFCにおけるmTORC1活性化を介して,うつ病予防・治療効果を示すことを発見しました(図2)。
これらの知見は将来,うつ病の予防や補助療法に使用できる機能性食品の開発につながることが期待されます。 また,トマトの生産過程で廃棄される摘果果実や茎葉の有効活用につながるため,SDGsの推進にも貢献できる可能性があります。
本研究成果は,2023年9月14日2時(英国時間)に国際学術雑誌『Nutritional Neuroscience』のオンライン版に掲載されました。
図 1:α-トマチン(トマチン)はトマトの未熟果実や茎葉に豊富に含まれる。トマチンには毒性があるが,4 つの糖構造が外れたトマチジンの毒性は低い。
図 2:トマチジンおよびトマチンのうつ病予防効果に対する mPFC 内 mTORC1 活性化の役割をうつ病モデルマウスを用いた行動実験で調べた。無動時間(グラフ縦軸の値)が短いほど抗うつ効果が強い。mTORC1 阻害薬ラパマイシンをマウスの両側 mPFC 内に局所投与すると,トマチジンおよびトマチンのうつ病予防効果は消失した。これらの結果から,トマチジンおよびトマチンのうつ病予防効果における mPFC 内 mTORC1 活性化の重要性が示唆された。
【用語解説】
※1 トマチジン
トマトの茎葉や未熟果実に豊富に含有されるステロイドアルカロイド。果実では熟度が進むにつれて含量が低下する。
※2 α-トマチン(トマチン)
トマトの茎葉や未熟果実に豊富に含有されるステロイドアルカロイド配糖体であり,トマチジンに 4 つの糖が結合した構造。弱い毒性がある。糖鎖部分が外れたトマチジンは毒性が低く安全性が高い。熟した果実中の含量は,未熟果実中の含量の100分の1~1000分の 1 と言われている。
※3 ケタミン
全身麻酔薬。本邦では 2007 年に麻薬指定された。既存の抗うつ薬が効かない治療抵抗性うつ病患者に低用量のケタミンを点滴で静脈内に投与すると,数時間以内に抗うつ効果が現れ,この抗うつ効果は 1 週間程度持続する。
※4 内側前頭前野(mPFC : medial prefrontal cortex)
大脳前頭葉の内側部分に位置する脳領域。うつ病の病態やケタミンの即効性抗うつ効果の発現に重要な脳部位の 1 つである。
※5 mTORC1(mechanistic target of rapamycin complex 1)
細胞の増殖や生存,シナプス可塑性など多様な機能に関わるリン酸化酵素複合体。
ジャーナル名:Nutritional Neuroscience
研究者情報:出山 諭司