金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の今村龍助教(研究当時)・酒井克也准教授らのグループは,Met 受容体(※1)が上皮細胞(※2)の再生に加えて,抗ウイルス免疫応答にも不可欠であることを明らかにしました。この研究成果は,がん進展制御研究所の佐藤拓輝特任助教,ドミニク・チン・チェン・ブーン准教授,ナノ生命科学研究所の松本邦夫教授,医薬保健研究域保健学系の白崎尚芳助教,本多政夫教授,同医学系の倉知慎教授との共同研究によるものです。
上皮組織は,ウイルスなどの病原体に対する防御の最前線に位置し,パターン認識受容体(※3)によってウイルス RNA 等を検出しサイトカイン(※4)を産生することにより,自然免疫を活性化してウイルスを排除します。本研究では,上皮細胞の生存,増殖,再生に重要な役割を持つことが知られている Met 受容体が,ウイルス RNA 検出後の自然免疫の活性化にも必要であることを明らかにしました。この発見により,上皮組織の再生と抗ウイルス免疫応答の両方において Met 受容体が鍵を握っていることが明らかとなり,上皮組織の再生とウイルス感染に対する統合的な理解が深まることが期待されます。
本研究成果は,2023 年 9 月 25 日午後 3 時(米国東部時間)に国際学術誌『Proceedingsof the National Academy of Sciences (PNAS)』のオンライン版に掲載されました。
図:Met 受容体の二重の役割: 上皮細胞の再生(左)と抗ウイルス反応(右)
Met 受容体は,リガンド HGF によって細胞内シグナルを活性化し,上皮細胞の増殖や生存を促進して再生を促します(左)。この研究では,ウイルス RNA を認識する RIG-I や MDA5 が MAVS を凝集させ,炎症性及び抗ウイルス性サイトカインの産生を誘導するシグナル複合体を形成するために,Met 受容体と MAVS の相互作用が必要であることを明らかにしました(右)。
【用語解説】
※1:Met 受容体
細胞膜を貫通するタンパク質で,HGF(肝細胞増殖因子)に対する受容体として,本受容体が持つキナーゼ活性を介して,上皮組織を含む各種組織や臓器の再生・修復を担っています。
※2:上皮組織
上皮組織は,体,体腔,臓器などの表面を覆う細胞から構成される組織です。上皮細胞は,互いに密に接着することで薄いシート状の細胞層を形成し,これによって体や臓器を
外部から遮断し,病原菌の侵入や物質の漏出を防ぎます。
※3:パターン認識受容体
パターン認識受容体とは,細胞内で病原体由来の分子パターンを認識するための特別な受容体の総称です。これらの受容体は,自然免疫において重要な役割を果たします。
※4:サイトカイン
サイトカインは,免疫細胞や特定の細胞から分泌されるシグナル伝達分子の一群です。これらの分子には,インターロイキン-1(IL-1),IL-6,IL-12,IL-18,腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α),インターフェロンアルファ(IFN-α)やガンマ(IFN-γ)などが含まれており,自然免疫反応の媒介において重要な役割を果たします。
ジャーナル名:Proceedingsof the National Academy of Sciences (PNAS)
研究者情報:酒井 克也