金沢大学ナノ生命科学研究所(WPI-NanoLSI)の Yanjun Zhang 特任准教授,インペリアル・カレッジ・ロンドン(英国)の Yuri Korchev 教授,ナノ生命科学研究所/がん進展制御研究所の大島正伸教授らの共同研究グループは,ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(HPICM)(※1)と高感度官能基化白金ナノ電極を利用し,大腸がん細胞株 Caco-2 細胞における細胞内外の過酸化水素(H2O2)勾配の変化を,単一細胞レベルでリアルタイムに計測することに成功しました。
活性酸素(ROS)産生は,アテローム性動脈硬化症,慢性閉塞性肺疾患,がんなど,さまざまな疾患の大きな要因となることが知られています。これまでの臨床研究では抗酸化療法が有望視されているにもかかわらず,実際の臨床試験では満足のいく結果が得られていませんでした。本研究では,安定な ROS 誘導体であるH2O2が,細胞に良い影響をもたらす良性ストレス(eustress)(※2)として生理的シグナル伝達に重要な役割を担っていることに注目しました。一方で,腫瘍細胞周辺におけるH2O2濃度は,大腸がんの発生と進行にも密接に関連しています。このたび,本研究グループは、HPICM と高感度官能基化白金ナノ電極を利用し,H2O2 良性ストレス下における個々の Caco-2 細胞の細胞形態,細胞力学的特性,細胞外から細胞内への H2O2 濃度勾配の変化を定量的に評価しました。
本研究によって得られた知見は,今後,がんやH2O2関連炎症性疾患を標的とした革新的な治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は,2024 年 4 月 3 日,国際学術誌『Science Bulletin』のオンライン版に掲載されました。
© 2024 Science China Press. Published by Elsevier B.V. and Science China Press.
【用語解説】
※1:ホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡 (HPICM)
走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(SICM)の原理は、電解質を含むナノピペットを流れるイオン電流をモニターすることにあります。ナノピペットの高さを調節し、サンプル表面上を走査するイオン電流を一定に保つことで、サンプルのトポグラフィをマッピングすることができます。サンプル表面への近接は、イオン電流の流れに測定可能な影響を与えるため、ナノピペットがサンプルに接触する前にナノピペットを引き抜くフィードバック制御が可能であり、生きた生体標本の非接触イメージングに有用です。
本研究では、SICM をホッピングプローブ走査型イオンコンダクタンス顕微鏡(HPICM)と名付けたホッピングプローブモードで使用すると、ナノピペットが常に試料に接近・離反することで、特に試料表面が平坦でない場合、試料損傷の可能性をさらに低減します。著者らは、この HPICM によって、細胞の力学的特性と個々のがん細胞の地形的形態のダイナミックな変化をリアルタイムで検出できることを実証しました。
※2:良性ストレス(eustress)
生体内で産生される活性酸素は,過剰に産生されることで体内の抗酸化防御機構のバランスが崩れると,酸化ストレスとなり健康状態の悪化に関連すると言われています。一方,白血球から産生される活性酸素(過酸化水素(H2O2)等)は,体内の免疫機能や感染防御の重要な役割を担っていることが分かってきました。このような酸化ストレスは「良性ストレス」とされています。
ジャーナル名:Science Bulletin
研究者情報:Yanjun Zhang (やんじゅん ちゃん)
大島 正伸