医薬保健研究域附属脳・肝インターフェースメディシン研究センターの太田嗣人准教授の研究グループは,非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の予防・抑制に,‘旬’の食材のサケやカニに含まれる赤い色素「アスタキサンチン」が有効であることを世界で初めて明らかにしました(図1)。
今回の研究成果から,アスタキサンチンに,生活習慣の改善以外に,治療手段が確立していないNASHの治療薬としての応用が期待されます。
国内患者数が2,000万人と推定され,肝臓の生活習慣病といわれる非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は,肝臓に脂肪が沈着した単純性脂肪肝,炎症を発症しているNASHに分類されます。このうち患者数が300~400万と推定されるNASHは5~20%が肝硬変や肝がんへと進行します(図1)。一方,病因が複雑なため,NASHの治療薬の開発は遅れています。近年の臨床試験では,ビタミンEに比べて優れた成績を示すNASH治療薬は存在しません。本研究グループは,脂質の過酸化抑制がビタミンEの250~500倍強いとされるアスタキサンチンに着目し,アスタキサンチンを製造・供給する富士化学工業株式会社と共同研究を進めてきました。
NASHを引き起こす高コレステロールの餌をマウスに3ヶ月間与え,高コレステロールの餌にアスタキサンチンを混ぜて与えた群と比較しました。その結果,アスタキサンチンを混ぜた群は混ぜないグループに比べて,生活習慣病やNAFLDの基盤にあるインスリン抵抗性が弱まり,肝臓の脂肪沈着が約50%減少し,脂肪肝になりにくいことが明らかとなりました(図2)。さらに,脂肪蓄積によって生じる脂質の過酸化(酸化ストレス)が80%以上抑制され,炎症を引き起こすマクロファージ(クッパー細胞)を炎症性のM1マクロファージから抗炎症性のM2マクロファージに変換することで,脂肪肝からNASHの発症が抑えられることが判明しました(図3)。
次に,NASHを発症させたマウスに,餌をアスタキサンチンを混ぜたものに切り替えて検討しました。その結果,餌を切り替えたグループでは,切り替えていないグループに比べて,肝硬変につながる肝臓の炎症や線維化が80%近く改善し,治療効果を示すことが判明しました(図2)。本研究では,NASHの発症予防および抑制作用をビタミンEと比較検討し,アスタキサンチンにはビタミンEに比べ優れた,強いNASHの予防・抑制効果があることが明らかとなりました。さらに,臨床試験によって,NASH患者においても肝臓の脂肪蓄積が抑えられていることも確認されました。
本研究の成果は,11月25日に「ScientificReports」(英国科学誌)のオンライン版に掲載されました。
【用語解説】
アスタキサンチン:自然界に存在するカロテノイド(脂溶性色素)の一つであり,サケやタイ,エビ,カニなどの赤色の魚介類に含まれ,高い抗酸化力を持つ。
インスリン抵抗性:血液中のインスリン濃度に見合ったインスリンの作用が得られない状態。過剰な栄養供給や肥満によりインスリン作用不足をきたし,血糖値や血圧,血清脂質が増加し,糖尿病や高脂血症等をきたす生活習慣病に共通する病態。