金沢大学理工研究域数物科学系の岡林則夫助教,新井豊子教授の研究グループは,レーゲンブルグ大学のフランツ・ギージブル教授,リナエウス大学のマグナス・ポールソン准教授らの研究グループと共同で,走査型プローブ顕微鏡(※1)の金属探針先端が表面上に吸着した一つの分子に及ぼす力と,力を受けた分子の振動エネルギーの関係を解明しました。
表面に吸着した分子は表面上で振動しています(図1)。その振動エネルギーは,分子と表面との間の相互作用に依存し,その相互作用を理解することは,触媒反応に代表される応用上重要な過程の理解に役立ちます。表面に吸着した単一分子の振動エネルギーは,走査型トンネル顕微鏡(※2)を用いて,金属探針と分子が吸着する表面との間の電圧を変えながら分子を流れる電流を精密に計測することで調べられます。しかしながら,電流を測定するために探針を分子に近づけると,分子の振動エネルギーが変化することが示唆されていました。
本研究では,分子に働く力を原子間力顕微鏡(※3)を用いて測定し,さらに分子の振動エネルギーを走査型トンネル顕微鏡を用いて測定することで,両者の関係を調べました。その結果,分子に大きな力を及ぼす探針は,分子の振動エネルギーに大きな影響を及ぼすことを見いだしました(図2)。さらに,分子の振動を振り子の振動のように考える古典力学的なモデルを用い,そこに測定によって得られた探針からの力の影響を加え,さらに,探針からの力により分子内の結合,および分子と表面との結合が弱められるという効果を含めることで,実験結果を精密に再現できることを示しました(図3)。
本研究で示した手法は,分子と表面との相互作用や,探針と分子との相互作用に対する理解を格段に深めるものです。今後は,より複雑な構造を持つ応用上重要な分子への適応が期待されます。
本研究成果は,2018年4月16日に米国の科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン版に掲載されました。
図1
(A)銅の単結晶の上に,孤立して吸着している一個の一酸化炭素分子の様子。(B)銅の表面上に吸着している一酸化炭素分子の振動の様子。表面上の一酸化炭素分子には,二つの横方向の振動モードが存在する。低エネルギーのモードはFrustrated Translational(FT)モードと呼ばれ,酸素と炭素が同位相で振動する。高エネルギーのモードはFrustrated Rotational(FR)モードと呼ばれ,酸素と炭素が逆位相で振動する。
図2 探針と分子との間に働く力の振動エネルギーに対する影響
(A)探針と分子との間の距離(z)を変えたときに両者に働く力(Fz)。マイナスの符号は引力が働いていることを意味する。これは二つの異なる探針に対する実験結果を示しており,探針によって及ぼす力が異なることが分かる。(B)二つの探針に対する,探針分子間の距離を変えた時の一酸化炭素分子の振動エネルギー(E)。分子に大きな力を及ぼす探針は,分子の振動エネルギーに対して大きな変化をもたらしている。
図3
(A)一酸化炭素分子の振動を古典的に表すモデルの概念図。(B)振り子モデルに,実験で観測された力の影響を組み込み,さらに,力により結合力が弱くなる効果を考慮に入れたモデルによる計算結果(実線)。実験結果(四角および丸)を大変よく再現している。
【用語解説】
※1 走査型プローブ顕微鏡
後述する走査型トンネル顕微鏡や原子間力顕微鏡の総称。微小な針(探針:プローブ)で試料をなぞることで,その形状や性質を観察することができる。
※2 走査型トンネル顕微鏡
鋭利な金属探針と表面との間に流れる微弱な電流(量子効果に起因しトンネル電流と呼ばれる)を検出することで,表面の凹凸を可視化する顕微鏡。
※3 原子間力顕微鏡
鋭利な金属探針と表面との間に働く力を測定することで,表面の凹凸を可視化する顕微鏡。
・ Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America