金沢大学ナノ生命科学研究所/新学術創成研究機構の角野歩助教,炭竈享司博士研究員らの研究グループは,名古屋大学および自然科学研究機構生命創成探究センターの 内橋貴之教授ならびに福井大学の老木成稔教授と共同で,サソリ毒ペプチドが効率的にカリウムイオン(K+)チャネル(※1)を阻害する仕組みを高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)(※2)を用いて世界で初めて明らかにしました。
我々の体を構成する細胞の細胞膜には,イオンチャネルという膜内外のイオン輸送を制御するタンパク質が組み込まれています。このイオンチャネルがさまざまな刺激に応答して特定のイオンを透過させる働きによって,細胞は電気信号を操り,我々は体を動かしたり,物事を考えたりすることができます。そのため,イオンチャネルの働きを阻害する分子の動作機構を理解することが重要です。サソリの毒液に含まれるアジトキシン-2(AgTx2)というペプチド(※3)は,K+チャネルに結合してイオンの通り道をふさぐことでK+の透過を阻害してしまうことが分かっていましたが,その結合ダイナミクスの詳細は明らかにされていませんでした。
本共同研究グループは,HS-AFMを使ってAgTx2がK+チャネルKcsA(※4)に結合・解離する様子を直接観察し,そのダイナミクスを詳細に解析しました。その結果,AgTx2がKcsA に結合することでKcsA の構造がAgTx2に結合しやすい構造に変化し,一旦AgTx2が解離しても,すぐに次のAgTx2が結合するというインデューストフィット(※5)機構が使われていることが分かりました。さらに,詳細な反応速度の解析をした結果,インデューストフィットによってAgTx2のKcsA への結合が400倍加速されることが明らかになり,AgTx2が効率的にKcsA の機能を阻害する仕組みを解明しました。
本研究で用いたチャネルとペプチドの結合のHS-AFM観察技術と解析手法は,あらゆる生体分子に応用することができるため,これらの知見は将来,さまざまな結合物質とチャネルの結合動態の解明に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2019年7月3日(米国東部標準時間)に米国科学誌『Science Advances』に掲載されました。
図1. K+チャネルKcsAとAgTx2の結合・解離の模式図とおよび代表的なAFM像
A. KcsAとAgTx2の結合の模式図
B. AFM観察試料の模式図
C. 代表的なAFM像と白破線に対応する断面高さプロファイル。スケールバーは2nm。
図2. K+チャネルKcsAにAgTx2が繰り返し結合する様子と結合確率のAgTx2濃度依存性
A. AgTx2の結合・解離を捉えたHS-AFM動画のスナップショットと,チャネル中心付近の平均高さ(h)の時間変化。HS-AFM画像中のスケールバーは5 nm。
B. 観察溶液中のAgTx2濃度に依存したhの分布の変化。溶液中のAgTx2の濃度が高くなると,結合した状態をとる確率も上がる。
図3. AgTx2とK+チャネルKcsAの結合動態モデル
AgTx2はインデューストフィットによって効率的にK+チャネルKcsAに結合する。
【用語解説】
※1 カリウムイオン(K+)チャネル
K+を選択的に透過させるイオンチャネルのこと。
※2 高速原子間力顕微鏡(HS-AFM)
試料の表面を鋭くとがった探針で高速になぞることで,試料の表面形状を高時空間分解能で観察できる顕微鏡。
※3 ペプチド
2-50個程度のアミノ酸がつながった化合物。
※4 KcsA
K+チャネルの中でも最も分子量が小さいものの1つで,4量体を形成してK+チャネルとなる。細胞内側を酸性pHにするとゲートが開き,高い選択性でK+を透過する。結晶構造が明らかで安定性が高いことから,K+チャネルのモデルとして広く研究に使用されている。
※5 インデューストフィット
結合物質の結合によって,受容体の構造が結合物質の結合しやすい状態へ変化すること。
研究者情報:角野 歩