金沢大学新学術創成研究機構の稲葉有香助教らの研究グループは,2型糖尿病治療薬であるナトリウム-グルコース共輸送体2阻害剤(SGLT2i)(※1)が,肝臓での糖産生にどのような影響を与えるのかを明らかにしました。
糖尿病は,インスリン作用の不足により,血糖値が持続的に高い値を示す疾患です。2型糖尿病における高血糖の発症には,肝臓での糖産生の亢進が,重要な役割を果たしています。2型糖尿病治療薬であるSGLT2iは,腎臓からの糖の排泄を促進することで,インスリン非依存的に血糖値を下げる薬剤ですが,肝臓での糖産生を増加させることが報告されています。これらのことは,肝臓での糖産生が亢進した2型糖尿病・肥満病態へのSGLT2i投与が,肝糖産生をさらに増加させるのか,という疑問を生じますが,その作用は明らかにはなっていませんでした。
本研究では,肝臓での糖産生応答を簡易的に観察することができるモニターマウスを作成し,健常マウスと肥満マウスのそれぞれにSGLT2iを投与することで,肝臓での糖産生にどのような影響をもたらすのかを検討しました。その結果,インスリン抵抗性がない健常マウスでは,SGLT2iの単回投与により,肝臓の糖産生応答が増強しました。一方,インスリン抵抗性(※2)を示す肥満マウスは,異常に強い肝糖産生応答を示しますが,SGLT2iの単回投与による肝糖産生応答のさらなる増強を認めませんでした。さらに,この肥満マウスにSGLT2iを長期的に投与すると,インスリン抵抗性が改善し,肝臓での糖産生応答が正常化しました。このようにSGLT2iの肝臓での糖産生に対する作用は,インスリン抵抗性の有無で異なることを見いだしました。
本研究成果は,肝糖産生が増加した2型糖尿病患者に対する治療薬として,SGLT2iが効果的な薬剤であることを示唆しています。また,今回作成した肝糖産生のモニターマウスは,簡易的に肝糖産生を観察することが可能なモデルであり,今後の糖尿病研究の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は,2019年9月13日(米国東部標準時間)に国際学術誌『Endocrinology』のオンライン版に掲載されました。
図. SGLT2iと肝糖産生
肝臓での糖産生は,糖新生とグリコーゲン分解から成り立っている。糖新生は,糖新生酵素の活性制御と,乳酸やアミノ酸,グリセロールといった肝臓外から供給される糖新生基質の量によって調節されている。糖新生酵素であるG6Paseの活性は,その発現量と相関し,G6Paseをコードする遺伝子G6pcの発現レベルで制御されている。SGLT2iは,糖新生酵素の発現増加と,肝臓グリコーゲン量の減少の両方に作用し,肝糖産生を増加させる。
【用語解説】
※1 ナトリウム-グルコース共輸送体2阻害剤(Sodium-glucose cotransporter 2 inhibitor)
ナトリウム・グルコース共役輸送体 (Sodium-glucose cotransporter; SGLT) は,体内でグルコース(ブドウ糖)やナトリウムといった栄養分を細胞内に取り込むタンパク質であり,グルコースは,腎臓の糸球体で濾過され,通常ほぼ100%再吸収されている。SGLTの一つであるSGLT2は,腎臓の近位尿細管に存在し,グルコース再吸収の90%を担っており,SGLT2iは,このグルコースの再吸収を阻害することで,グルコースの排泄を促進する。
※2 インスリン抵抗性
血糖値が上昇すると分泌され,血糖値を減少させるホルモンであるインスリンの作用が障害された状態のことをインスリン抵抗性という。インスリン抵抗性は,血糖値の上昇を引き起こすため,糖尿病発症の原因となる。
研究者情報:稲葉 有香