金沢大学理工研究域物質化学系の菊川雄司准教授,林宜仁教授の研究グループは,立命館大学総合科学技術研究機構の片山真祥准教授および生命科学部応用化学科の稲田康宏教授,高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の山下翔平助教らと共同で,原子1個分の凹みを持つ半球状バナジウム酸化物クラスター(※1)に分極(※2)活性化された臭素分子を挿入することで,アルカンの臭素化の反応性を制御することに成功しました。臭素分子の分極を分光学的に観測した世界初の成果です。
天然ガスや原油などに多く含まれるアルカンから有用な化成品原料への変換が容易になれば,化学産業・工業の原料として資源の効率的な利用が可能となります。臭素化によって選択性を高めることが鍵となりますが,アルカンは反応性に乏しいことから,反応性の乏しいアルカンを部分的に官能基化(※3)するには,適切な反応場を開発する必要があります。
本研究では,ナノサイズの特異的な電荷分布を持ち,半球状のお椀のような構造がつぶれたり膨らんだりする特徴を持つ半球状バナジウム酸化物クラスターに着目し,凹みの中に臭素分子を挿入することで,臭素分子が分極されることを見いだしました。分極した臭素分子はペンタン,ブタンおよびプロパンといったアルカンを臭素化し,通常の臭素分子による反応とは異なる生成物の選択性を示すことが明らかとなりました。
これらの知見は将来,小分子の分極化材料や高機能性触媒の設計に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2020年6月8日にドイツ化学会誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版にAccepted Articleとして掲載されました。
図. 本研究の概要図
上:半球状バナジウム酸化物クラスターの特異的な電荷分布。凹みの縁が相対的に負の,凹みの内部が相対的に正の電荷が分布している。 下:臭素分子(Br2)の挿入による半球状バナジウム酸化物クラスターの構造変化。特異的な電荷分布による相互作用で,凹みの内部の臭素原子は負に,凹みの外側の臭素原子は正に分極する。分極した臭素分子は特異的な反応性を示す。 右:半球状バナジウム酸化物クラスターの凹みに挿入されることで観測された,分極した臭素分子の赤外分光スペクトル。
※1 バナジウム酸化物クラスター
負電荷を帯びた分子状のバナジウム酸化物。
※2 分極
結合する2つの原子の間で,原子上の電子の密度が等価ではなく,偏った状態のこと。
※3 官能基化
有機化合物の性質や反応を特長付ける原子団や結合様式。
Angewandte Chemie International Edition
研究者情報:菊川 雄司