金沢大学ナノ生命科学研究所の戸田聡助教,カリフォルニア大学サンフランシスコ校のWendell Lim教授らの国際共同研究グループは,任意のタンパク質を細胞間シグナル伝達分子へと変換する技術を開発し,細胞分化パターンを人工的に設計できる細胞間シグナル伝達モデル「人工モルフォゲン」を構築することに成功しました。
動物の発生過程では,細胞がタンパク質を分泌して,シグナルのやり取りを行うことで,胚の中のどの細胞が,将来,どの臓器の細胞に分化するかを制御しています。このようなシグナル分子はモルフォゲン(※1)と呼ばれ,これまでに,モルフォゲンとして機能する各種遺伝子が同定され,モルフォゲンがどのように細胞分化パターンを形成するかが解析されてきました。しかし,さまざまな分子が相互作用する動物胚の中では,分泌されたモルフォゲンの挙動は複雑に制御され,その仕組みを逐一解析することは困難です。
本研究では,胚の中でのモルフォゲンによるパターン形成過程を解析する研究とは逆の発想で,分泌タンパク質を介した細胞間シグナルを一から組み立てて,人工的に細胞分化パターンを形成することを目指しました。まず,哺乳細胞が本来持っていない緑色蛍光タンパク質GFPを哺乳細胞間のシグナル分子として利用しました。さらに,GFPに特異的に結合するGFP nanobody(※2)を細胞表面に発現することで,GFPを受容する細胞を作製しました。このとき,GFPをただ受け取るだけではなく,GFPにより細胞分化を制御するため,隣り合った細胞間で互いの遺伝子発現を制御することが可能な人工受容体synthetic Notch receptor(synNotch)を利用しました。分泌されたGFPを細胞表面にトラップし,人工受容体synNotchによりGFPを読み取って遺伝子発現応答へと変換することで,GFPの受容と応答による新たな細胞間シグナル系を構築し,細胞分化を制御するパターンを設計通りに作り出すことに成功しました。
本研究の知見により,任意のタンパク質を使って細胞の遺伝子応答や分化を制御することが可能になります。そこで,異種細胞の配置パターンを操作して臓器機能をデザインすることや,病変組織から放出される疾患関連因子を認識して組織再生を誘導する再生医療・細胞医薬の開発に活用されることが期待されます。
本研究成果は,2020年10月15日14時(米国東部時間)に米国科学誌『Science』に掲載されました。
図1. 従来のsynNotchシステムと拡散型synNotchシステムの開発
(A)synNotch システム。細胞間シグナル伝達分子であるNotch 受容体は,リガンドの膜タンパク質Delta を認識すると,物理的な張力により構造変化し,細胞膜付近でプロテアーゼにより切断され,細胞内ドメインが核へ移行,遺伝子発現を誘導する。synNotch は任意のリガンドを認識して任意の遺伝子の発現を誘導することができ,細胞の受容と応答を自在にプログラムすることができる。
(B)拡散型synNotchシステム。抗GFP synNotchは膜貫通型GFPによって活性化されるが,分泌型GFPでは活性化されない。分泌型GFPをアンカー分子によって細胞表面にトラップし,GFP上の異なるエピトープを認識する抗GFP synNotchに提示することで,分泌型GFPによるsynNotch活性化が誘導される。
図2. 人工モルフォゲンGFPによる遺伝子誘導のシグナル勾配の形成
培養ディッシュ上にインサートを置き,左側にGFP分泌細胞,右側にアンカー細胞・synNotch細胞を蒔くことにより,GFPを分泌する「POLE」領域とGFPを受容する「BODY」領域を形成した。膜貫通型GFP発現細胞をPOLE領域に蒔いた場合,領域境界上の細胞のみが活性化したが,分泌型GFP発現細胞を蒔いた場合はBODY領域内をGFPが拡散して濃度勾配を形成することにより,遺伝子誘導のシグナル勾配が形成された。グラフ内の各線は12時間毎のレポーター遺伝子の発現強度を示す。
図3. 人工モルフォゲンシステムによる細胞分化の位置制御原理の探索および組織区画の人工形成
人工モルフォゲンシステムでは,人工モルフォゲンと受容体の親和性や発現量などのパラメーターの網羅的な探索や,人工モルフォゲンに応答してそのシグナルを増強あるいは阻害する細胞間フィードバック回路の構築が可能である。これにより,モルフォゲンシグナル勾配の振幅や伝達距離の制御や,モルフォゲン濃度勾配を非線形に読み取る細胞間シグナル回路の構築など,細胞分化の位置制御原理の探索に利用できる。また,これらの知見を組み合わせることで,人工モルフォゲンを受容するBODY領域において,異なる遺伝子発現を誘導する組織区画を形成することができる。
【用語解説】
※1 モルフォゲン
組織内の一部の細胞から分泌され,細胞の遺伝子発現および運命決定を制御する細胞間シグナル分子。分泌されたモルフォゲンは,細胞間基質や細胞膜などと相互作用しながら組織内を拡散して,自身の濃度勾配を形成する。周囲の細胞は,モルフォゲンの濃度に応じて異なる運命決定を行うため,モルフォゲン濃度勾配が細胞分化の位置情報として機能する。
※2 nanobody
抗原に特異的に結合する抗体の断片。ラクダ科の動物によって作られる一本鎖抗体から抗原認識部位のcDNAを単離することで得られる。
研究者情報:戸田 聡