金沢大学ナノ生命科学研究所の生越友樹特任教授/京都大学大学院工学研究科教授,金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の上野将也助教,平尾敦教授らの研究グループは,生体試料中のビタミン代謝物を迅速に定量できる超分子バイオセンサー(水溶性ピラー[6]アレーン(P6A))(※1)を開発しました。
ニコチンアミド(ビタミンB3)(※2)が体内で欠乏すると皮膚炎,下痢,認知症症状を主徴とした“ペラグラ”を引き起こすことが知られています。体内でニコチンアミドはニコチンアミドN-メチル基転移酵素(nicotinamide N-methyltransferase:NNMT)(※3)と呼ばれるメチル基転移酵素によって1-メチルニコチンアミド(1-MNA)に代謝され尿中に排泄されます(図1)。従って,尿中の1-MNA濃度を測定すれば,体内のニコチンアミド量を把握することができます。一方,NNMTはさまざまながんで高発現しており,がんの進展や悪性化に関与していることが最近の研究から明らかになってきました。がん細胞のNNMTを特異的に阻害できれば,がんを抑制できる可能性があります。しかし,NNMT阻害剤の開発には,数万種類の候補から,1-MNA産生を抑制する化合物を同定する必要があります。通常,1-MNAの測定には高価な質量分析計と,その扱いに熟練したオペレーターの存在が不可欠であり,さらに測定に時間がかかるため大規模スクリーニングには適していません。
今回,1-MNAを迅速に検出できるバイオセンサーを開発する目的で,がん生物学と超分子化学の研究者らが共同研究を行い,夾雑物が含まれる酵素反応液や尿試料中でも,超分子P6A(図2)は1-MNAと特異的に結合し,1-MNA濃度に依存して蛍光が消光することを発見しました(図3)。検体にP6Aを混合後,蛍光を測定するだけで,質量分析計を用いた従来法と同等の結果が得られることが分かりました(図4)。
これらの知見は,NNMT阻害剤の大規模スクリーニングやメタボリックシンドローム,がんの迅速診断に活用されることが期待されます。さらに,がん細胞の表層や内部の代謝物を直接観ることができるナノプローブの開発や,がんの診断や治療に有用なバイオセンサー開発への応用が期待されます。
本研究成果は,2020年12月7日(英国時間)に英国科学誌『Communications Chemistry』に掲載されました。
図1. ニコチンアミドはNNMTによって1-メチルニコチンアミド(1-MNA)に代謝され,尿中へ排泄される。
図2.ピラー[5]アレーンは生越らの研究グループによって初めて合成に成功した超分子化合物で,1,4-ジアルコキシベンゼンがパラ位で結合した柱型環状構造を有している。水溶性ピラー[6]アレーン(P6A)は1-MNAのような分子サイズの陽イオン分子と結合するように設計した化合物で,分子内に12個のカルボキシ基を持つ。ピラーアレーンは分子中央の電子豊富な空洞を持ち,陽イオン分子と安定した錯体を形成する。
図3.水溶性ピラー[6]アレーン(P6A)は1-MNAと特異的に結合し,この結合によりP6Aに由来する蛍光が消光することを発見した。さらにP6Aは化学構造が類似しているニコチンアミドあるいは2pyとは結合しないことも発見した。
図4.無細胞酵素反応液では,NNMTの酵素反応により時間依存的に1-MNAが産生される。また,摂取されたニコチンアミドはNNMTにより1-MNAに代謝され,1-MNAは尿中に排泄される。そのため野生型マウス(Wt)にニコチンアミドを過剰摂取させると(Wt + NA),1-MNAの尿中排泄量は著しく上昇する。一方,Nnmt欠損マウスでは体内のNNMT酵素が完全に欠損しているため,1-MNAは全く検出されない。上記のような夾雑物が含まれる検体中でも,P6Aは1-MNAと特異的に結合できるため,蛍光値を測定するだけで1-MNAを定量でき,非常に簡便である上に,質量分析計を用いた従来法と同等の結果が得られた。(従来法:質量分析計の測定結果。蛍光法:P6Aを用いた測定結果。無細胞反応液:精製したNNMTと基質を混合し,37℃で反応させたもの。尿試料:マウスから採尿したサンプル。)
※1 ピラーアレーン
1,4-ジメトキシベンゼンがそれぞれ2および5位でメチレン架橋してピラー(柱状)構造を芳香環(アレーン)が形成した化合物の総称。2008年に生越らにより初めて合成された金沢大学発の環状合成化合物。その合成や反応基の修飾が容易なことから,ピラーアレーンを出発材料としたさまざまな化合物が合成されている。
※2 ニコチンアミド(ビタミンB3)
ビタミンB3あるいはナイアシンともよばれ,体内でニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)の生合成に使われ,他方,NNMTによりメチル化されて1-メチルニコチンアミドになり尿中に排泄される。
※3 ニコチンアミドN-メチル基転移酵素(nicotinamide N-methyltransferase:NNMT)
ニコチンアミドのメチル基転移反応を触媒する酵素で,ニコチンアミド分子のピリジン環の窒素分子(N)をメチル化する。この反応でメチル基供与体としてS-アデノシルメチオニンが使われる。ヒトでは主に肝臓で発現している。最近,さまざまながんで本酵素の発現が亢進していることが報告され,がんにおけるNNMTの機能解析が進んでいる。
研究者情報:生越 友樹
研究者情報:上野 将也
研究者情報:平尾 敦