心と身体が繋がる、マインドフルネスの活用
金沢大学附属病院 研修医・専門医総合教育センター
耳鼻咽喉科・頭頸部外科
助教 波多野 都
体と心の声に耳を傾ける-マインドフルネスとの出会い
耳鼻咽喉科を専門とする波多野助教がヨガを深めることになったのは、聴覚の神経科学的研究を志して、カナダへ留学したときであった。そこでは、偶然にも聴覚研究は心理学に属していた。研究の息抜きとして始めたヨガや瞑想を取り入れた日常の中で、身体だけではなく心の健康の重要性に自身の体験として気がついたことが、後々にマインドフルネスを取り入れた心理教育に取り組むきっかけとなる。「鼓膜を振動させた後に続く物理学・生理学的な音だけでなく、心身の音や声にもっと耳を澄ませてみたい、と考えるようになった」と波多野助教は語る。現在では、耳鼻咽喉科の医師として臨床に取り組む傍ら、マインドフルネスに関するさまざまな心理教育やワークショップを医療従事者や医学類生に提供している。
マインドフルネスとコンパッション
マインドフルネスは、“今この瞬間に、評価や判断をせずに、ありのままに注意を向ける”という意識の状態を表す。仏教瞑想にマインドフルネスは端を発する。世俗的にプログラムとして実践できるようにアレンジ、開発されたのが、 “マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)”である。MBSRは瞑想やヨガを通じて、ストレスを軽減させ、集中力やレジリエンスの増大などに寄与している。一方、コンパッションとは、人が生まれつきもつ“自分や他者の苦しみを理解し、思いやり、役に立ちたいと思う”ことである。波多野助教は、「このマインドフルネスとコンパッションは表裏一体でどちらも大切、そして何事もバランスをとることが重要である」と語る。自分自身の「心身一如」(心と体が繋がった感覚)の経験が、現在の実践や周囲へも繋がる心理学プログラムの提供に取り組む力となっている。今後は、耳鼻咽喉科の臨床現場でも、耳鳴りや癌性疼痛などの患者さんへのマインドフルネスやコンパッションを活かした治療の展開に期待が高まる。
痛みは変えられないが、痛みに対する反応は変えられる
「聴覚中枢に関する神経学的研究から、マインドフルネス、そして人に役立つ研究へと自身の関心が変化していく過程を興味深く眺めている」と波多野助教は語る。その『志』は、「自分が持てる力で、できるだけ、人の役に立ちたい」という思いである。耳鼻咽喉科の医師や研究者として自分ができること、教育者として体験をベースにしたクラスを提供していくこと、そして、これらを組み合わせて患者さん、医療従事者、医学を志す学生など、自身に関わるすべての人の健康に寄り添いたい。その志は、以下の波多野助教の言葉にも表れている。
「人の痛みそのものを変えることはできないが、痛みに対する反応は変えることができる。そして変化していく。そのことを伝えたい。」
(サイエンスライター・見寺 祐子)