人と人との関係性をより良くするための枠組みをつくりたい
人と人との関わり合いの難しさ
人と人が関わり合う中では、人間関係に応じたさまざまな「反応」が生じる。例えば、同じことをされたとしても、相手が誰なのかによって、感謝することもあれば不満に思うこともあるだろう。このように、人間は社会の中で「関係」を築き、その関係に基づいて他者の行動を評価している。「正解がない人間関係に対して、どこに着目したらよいのか、ポイントを探り、解明していくことが私の研究(シゴト)」と語るのは人間社会研究域人文学系・佐々木 拓教授。
多様な人間関係に基づく複雑な反応を理解することは、薬物依存症患者や、AI、ロボットによってなされる行動の社会的責任の議論にまでつながる。佐々木教授が取り組む「責任実践」研究とは、さまざまな対象について、人間関係に関わる行動の哲学を実践的に探求する学問である。
責任実践-理論だけでは説明できない人間活動の追究と社会への還元
「哲学の書物に基づき、責任や人と人の関わりについて、理論のみで考えることも大切だが、それだけでは不十分」と佐々木教授は話す。理路整然として一貫性のある理論と比べて、実際の人間はもっと不合理な存在であり、ときには感情的になったり一貫性がなかったりすることも多い。この「不合理」を積極的に取り入れた哲学・倫理学理論をつくり、提示することが現代社会に生きる人々の一助となる、と佐々木教授は考える。そのために、今を生きる学生たちが自らの言葉で行うディスカッションは欠かせない。この実践の一つとして行うのが「哲学ウォーク」である。ある哲学者の「言葉」を事前に用意し、その用意した言葉に対するイメージと近い「空気」を感じ、その「景色」を見つけるために歩き続ける。解釈が正しいかどうかは問題ではなく、哲学者の言葉を媒介にして、自分自身の中にある固定概念を考え直し、これまでとは違う角度から世界を見ることを楽しむ。そして、ウォーキング後に「言葉」についてひたすら話し合うことで、参加者は、より深く考えられるようになるという。
人間の不合理性も取り入れた哲学を目指して
佐々木教授の『志』は、「人と人との関係性をより良くするための枠組みをつくること」。「普段の生活に生きづらさを感じている人や、人との関わり合いに辛さを感じている人、そういう人たちが、何とかして“関係のあり方”を考えるための手がかり、足がかりを提供したい」と語る。
技術の発展によりAIやロボットが注目される中で、今こそ私たち人間がやらなければならないこと、それは、人間関係の多様性や不合理さを深く理解しようとし、言葉にして議論することであろう。このような一筋縄ではいかない行動は、コンピュータでは代替できない。佐々木教授の研究は、複雑化する社会における、私たちの道しるべとなってくれるはずである。
(サイエンスライター・見寺 祐子)