「好奇心の輪を広げる」―謎多き地球の生態系を解き明かしたい―
金沢大学理工研究域地球社会基盤学系
准教授 ロバート ジェンキンズ
古生物学から地球生物学へ
ロバート・ジェンキンズ准教授が古生物学(過去の地球に生息した生物を研究する学問;Paleontology)に興味を持ったきっかけは、高校2年生の時に高校教師に連れて行ってもらった北海道での化石発掘体験。偶然発見したアンモナイトの化石に「自分でもこんなものを発見できるんだ」という大きな喜びを感じた。大学の学部では工学を学んだものの、高校生の時に抱いた化石への強い思いから、大学院では古生物学を専攻した。特に興味を持ったのは、深海などの「極限環境」に生息する生物の進化の歴史である。このような生物は、地球環境の変化とも密接な関係を持つことが知られている。化石から極限環境の生物の進化を研究するなかで、ジェンキンズ先生の研究は、生物と地球環境の相互作用を対象とする「地球生物学(Geobiology)」の分野へと広がっていった。
地球と生命のつながり
「深海の極限環境に生息する奇妙な生物がいて、なぜ極限環境に生物が生存できるのか、どうやって住むようになったのか、どう進化したのか」といったさまざまな疑問や好奇心が、ジェンキンズ先生を古生物学、そして地球生物学の世界へと導いてきた。その究極の問いが「地球と生命のつながり」である。その答えを求めて、ジェンキンズ先生が考える「地球と生物の関係が最も観察できる場所」が深海の海底である。そこには、深海で湧き上がる熱水やメタンなどの化学物質を利用して生きる生物や微生物たちが存在する。そういった極限環境をクジラなどの大型生物の遺骸や、過去であればクビナガリュウなどの太古の生物の遺骸もつくる。このような極限環境の生態系の全容解明に向けて、ジェンキンズ先生は「観察」を最も大切にしている。単にサンプル(試料)の分析結果から得られるデータだけでなく、その数値が示すサンプルの状態やその状態に至る物理現象を深く理解するために「サンプルそのものを丁寧に観察することが重要である」と語る。「可能な限り自ら現地まで足を運び、サンプルを採取し観察します。この徹底した観察によって、はじめて分析結果と現場が結びつき、より正確で深い考察につながるんです」。
未知の世界を探求し、伝える
ジェンキンズ先生の志は「知られざる生態系のベールを一枚ずつ剥がしていくこと」、そして、その過程で発見された新しい事実を人々に伝えることで「好奇心の輪を広げていくこと」である。地球や生命には「まだ人が見ていない世界」が存在する。「誰も見ていない世界を最初に知ることができるのが幸せ」とジェンキンズ先生は言う。「ただ、それを人に伝えたとき、ものすごく興味を持ってくれる人たちがいて、もっと知りたいと言って研究室にも来てくれる。そういう方をもっと喜ばせたいという思いが私の研究の大きな原動力になっている」と語る。研究を通じて得られた新たな発見、その興奮や知識をさまざまな人びとと共有し、ともに学び合うことで好奇心が輪となり、さらに新たな研究分野を開拓していく。ジェンキンズ先生の考え方に共感するサポーターの輪も広がっている。
能登半島地震:現地で調査することの意味
令和6年1月1日、能登半島をM7を超える地震が襲った。ジェンキンズ先生は、従来から能登半島で活動する地元の研究者として、そして地球科学者として、「何かやらなければならない」と感じたと言う。過去の東日本大震災で得た教訓を踏まえ、初動調査の重要性を認識していたため、迅速に現地入りし調査活動に尽力した。「能登の海のことは、一部の海域については地震の前から把握していました。地震によって海の中がどうなってしまったのか、海底環境や海洋生態系がどのように変化したのかを現地で観察し、解析することが、最も重要だと考えました」。ジェンキンズ先生らによる海底環境の調査結果は、ウェブサイトなどで公開されるとのこと。「直接的に復興の助けにはならないかもしれない。しかし、海底の長期的な変化を見るうえで貴重なデータになる」という。
(サイエンスライター・見寺 祐子)