平成21年4月7日 金沢歌劇座
本日ここに1952名の新入生を迎え,平成21年度金沢大学入学宣誓式が挙行されますことは,本学の大きな喜びであります。新入生の諸君,金沢大学は諸君を大いに歓迎します。また,今日の日を共に祝うために,ここに参集されたご家族の皆さまに対しましても,心よりお祝い申し上げます。
さて,諸君が入学された金沢大学は,1862年に始まる加賀藩種痘所を源流としています。日本で3番目に古い歴史を持つ大学といえます。1949年に当時の第四高等学校,師範学校,工業専門学校,医科大学の歴史を引き継ぎ,新生の総合大学として設立されました。以来,「社会のための大学」,「学生のための大学」として,8学部・25学科・課程を有する大学へと発展してきました。平成16年の法人化に伴い,大学の理念と目標を「金沢大学憲章」として定め,自らを,「地域と世界に開かれた教育重視の研究大学」と位置づけました。そして目標実現の第一歩として,昨年4月,これまでの8学部・25学科・課程を再編成し,「3学域・16学類」の教育組織を構築しました。諸君はこの学域学類制の第2期生ということになります。
学域学類制は,複雑かつ高度化する社会の要請,更に時代を敏感に先取りする学生のニーズに応えようとするものです。人間社会学域や理工学域に入学した諸君は,一定期間の共通教育と専門基礎教育を受けた後,各自の進みたい分野・コースを選んでいくことになります。医薬保健学域に入学した諸君は,進路は既に決められていますが,チーム医療という視点に基づいてつくられたカリキュラムで学ぶことで,それぞれが質の高い医療人として育っていくことが期待されています。更には,学生諸君自らが自らの将来を考え,主体的に履修計画を立てることができるようにと,「主専攻・副専攻制」を設けました。諸君には,この新しい学域・学類制を実感し,自らの明日を目指し,情熱を持って学んで頂きたい。問題や不満があれば,私や副学長をはじめとした教職員に,躊躇することなく話して下さい。金沢大学の学域学類制は我が国の大学における学士課程教育の活性化を目指す,新たな試みです。この新しいモデルを実りあるものとしていくための営みに,諸君の積極的な参加を願っています。
諸君は今,未来への期待で満ち満ちていることと思います。大学生活が高校の延長ではないことを感じ,何があるかと輝きの目で見ていることと思います。私が大切と思っていることを一つ述べます。これまでの生活や目的は受身(passive)の傾向が強かったのに対し,今日からはより能動的(active)であれ,と言うことです。これは諸君が想像している以上に大きな変化です。今までは1+1が2の世界で,確かな目的,「大学へ入るという目的」,の中で学び生きてきたことと思います。しかし,今こうして入学した時点からは,1+1がかならずしも2とはならない世界での学びであり,改めて「人生とは何ぞや」,人生における自己の存在理由Raison detreは何かという大きな命題にぶつかります。
諸君のこのような学びのために,金沢大学は高校教育から大学教育へのスムーズな移行を図るための「導入教育科目」や「キャリア形成プログラム」など,様々な教育プログラムを準備しています。さらに,「金沢市中心部での街中講義」や「能登半島に教育研究の拠点」を設け,新たな環境教育を精力的に推進しつつあります。また,80あまりの学生クラブやサークルがあります。文化やスポーツ等の課外活動を通じ,生涯のこよなき宝物となる「友」を作って頂きたい。
21世紀初頭のいま,大量生産,大量消費をパラダイムとする,これまでの20世紀型工業文明は,資源の枯渇,環境の悪化などの地球規模での問題を生み,転換を迫られています。文明の転換期には,歴史という時間軸と社会という空間軸において,自身の位置付けができる力,自己の存在理由Raison detreを問う力が問われています。私はこれを教養と言います。深い教養が,時代の流れをつかみ将来を設計する上で,大きな力となります。私たちは人類誕生からの歴史や自分が生まれてからの歴史の中で生きています。そういった歴史の中での自分が,また家族・社会・国・世界における自分が,個としてどのように生きるべきかを考える力を身につけて頂きたい。広く多様な分野での学び,様々な人との交流,クラブ活動,異文化との出会いなど,様々な思考との交わりが教養を涵養するでありましよう。
学問や研究の本質は個人の関心と興味であります。関心と興味は自然に存在するものではなく,教養の力により指し示されます。そして,深い教養に基づく専門の学びが創造を生む原動力となることを私は確信しています。私は,医学細菌学を専門としております。赤痢の原因菌を発見した志賀潔先生は,「自ら信ずるところ篤ければ成果自ら到る」と述べられました。諸君も,自ら信じるところに従い,新たな学びの世界を歩んで行かれることを念じております。 今年は,自然科学ばかりでなく,思想的にも大きな影響を及ぼしたチャールス・ダーウィンの生誕200年にあたります。ダーウィンは「種の起源」で,「過去から判断すれば,我々は,現存の種の一つとして不変の外観を遠い将来にまで伝えるものはないであろう,と推論して差しつかえない」と書いています。この言葉は,今は永遠ではないということであり,我々の生き方に大きな示唆を与えているように思います。智慧を最大限に発揮し,自らを進化させる学生生活を過ごして下さい。
現下の社会は,アメリカでのサブプライムローン問題に端を発した100年に一度とも言われる未曾有の経済危機に見舞われ,混沌に満ちています。それまでの価値観が崩壊する混沌の社会が大きな革新を生むことは歴史が示しています。1929年の世界大恐慌後の10年を見ますと,その間に,その後の世界を大きな躍進に導いた科学技術・社会システムが開花しています。細菌感染症治療に革命をもたらした1929年のペニシリンの発見,次いで,素材革命をもたらしたナイロンの発明,電子顕微鏡やレーダーの発明と続き,1938年には蛍光灯の制作に成功しています。我が国では1933年,小型ガソリンエンジンの研究が開始され,自動車産業の今日の隆盛に至っています。このように,100年に一度の未曾有の経済危機は100年に一度のビッグ・チャンスの時代でもあります。諸君の新しい価値観に基づく,創造への時代であります。諸君の学生時代となる今後の数年間,世界では「新しい価値観」に基づく大きな発明・発見・技術革新が引き起こされることでしょう。
「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが,希望だけがない」,これは村上龍の小説「希望の国のエクソダス」の少年ポンちゃんの言葉です。生きるには希望という羅針盤が必要です。 諸君は世界を刮目し,新しい価値観に基づく「希望に満ちた」世界の構築に参画すべく準備を整え,構築に参加して頂きたい。
金沢大学が位置する金沢市は,加賀前田藩の城下町として栄え,天下の学問の府としての長い歴史があります。この1月には「歴史都市」として認定された街です。浅野川と犀川,医王山などの自然に恵まれ,美しい四季折々の風景の中に息づいている街です。また,独特の芸術文化を育んできた,知的存在感のある,学生に優しい街と言うこともできます。そこでの生活,人との交わり,文化芸術との出会いは,諸君の勉学をいっそう実りあるものとすることでしょう。
ここ,金沢大学において学ぶことを誇りとし,充実した大学生活を謳歌されることを念じて止みません。このことを祈念し,告辞と致します。
平成21年4月7日
金沢大学長 中村信一