平成14年3月22日 金沢市観光会館
本日ここに,平成13年度金沢大学学位記・修了証書授与式が挙行されましたこと誠に慶賀に存じます。ただいま学部卒業生 1,878名,大学院修了生712名,専攻科10名,別科26名の方々に学位記および修了証書を授与いたしました。卒業生,修了生の皆さんおめでとうございます。心からお祝を申し上げます。ご家族・保護者の方々には,これまでのご苦労への感謝と併せ,お喜びを申し上げます。
諸君は,4年間あるいは6年間を本学で学び,金沢の街で生活し,多くの友人と親しみ,自己の形成に努められました。卒業にあたり,このことに誇りと自信を持って,またこれまでお世話になった方々への感謝の気持を忘れずに,新たな一歩を踏み出していただきたいと存じます。
人類は今,千年紀そして21世紀の入口に立っています。しかし,複雑な国際情勢の中で,特に混迷する我が国にあって,これから先をどのように歩めばよいか見えてきません。人類の来し方である歴史には,生命の歴史があり,文明,政治,経済そして科学や技術の歴史があります。幾筋もの小さな流れにはじまる歴史は,干渉・合体・消滅を繰り返し,やがて浩々蕩々たる流れとなりますが,それが地球という一つの空間で制約されるとき流れは複雑なものとなります。グローバル化の時代にあって,行く末はまさに混沌の様相を呈していると言えましょう。
1989年にベルリンの壁が崩壊し,世界の二極体制が終息した後,グローバル化が一挙に進みました。そしてこのグローバル化は,宗教,民族,文化を一つの文明として括る新たな国際社会を創り出しています。昨年の9月11日に起きた同時多発テロは,人類史上の汚点となる悲しむべき事件でしたが,テロ後の国際関係は,アフガニスタンを中心としたイスラム圏を取り巻き一段と複雑なものとなっています。
歴史を文明の視点で捉えたのはアーノルド・トインビーです。エジプト文明やアンデス文明に始まり西欧文明に至るまで,地球上には多くの文明が発生し,やがて消滅しました。そこでは挑戦と応戦が繰り返され,大文明の周辺にある国々では帰属と攘夷の選択が迫られ,今の文明圏が形成されています。サミュヘル・ハンチントンは,文明の衝突論を提唱し,今後は7つか8つの文明で世界が構成されるとしています。しかし,21世紀において最も重視すべきことは多様性と調和です。多様性を否定しかねない衝突論には,さらなる暴力を拡大するものとして,米国のユニラテラリズムとともに批判が出始めているところでもあります。
我が国は今,このような国際社会にあって,規制緩和と開放が求められ,このことで政治,経済そして教育においてさえも多くのほころびが出始めています。戦後,復興と民主化を名分として,米国とバイラテラルな関係を持ち,それを維持することで今の我が国の発展があります。しかし,米国に強く依拠したバイラテラリズムは,国としての主体性を弱め,構造的にも精神的にも脆弱な今の体制をもたらした一因となっていることは否定できません。明治の近代化が実質的には何も根ざさなかったように,今の日本は,再びこの苛立ちと自己嫌悪にさいなまされているように思えます。
諸君はこのような時期に社会人となられます。市民として,職業人として,諸君に求められるのは一人一人の主体性と個性であり,自己を主張し相手を理解する競争的共存の精神です。そして,そこでは倫理がルールの基本となりましょう。企業競争は熾烈ですが,消費者やユーザー,さらには人類が共有する環境等,倫理にもとった他者との共存があってはじめて,競争があり得るはずです。我が国の経済は,低迷し続ける中で失業率は5%を超え,企業における終身雇用や年功序列の形態は崩れつつあります。将来を担う子供たちの教育においても多くの不安があります。このような中で,諸君は自らキャリアを求めて行動する職業人であり,家庭を愛する善良な市民であらねばなりません。人類の永続的な発展には,地球人であり国際人であることが求められましょうが,それにはまず,国際社会で主張できる日本人でなければなりません。
今,これまでの歴史を後悔しても始まりません。大切なことは諸君の一人一人が,今ある現在何ができるかです。道は遠くにありますが,まずは近くに求めなければなりません。日々の活動は,歴史におけるほんの一瞬に過ぎないかも知れませんが,世代を継ぐ子供たちからお年寄の方々までに,自分の来し方と行く末の想いを重ねるとき,人生80年のスパンを視野とした行動が可能となりましょう。四季の移ろいは,地球の自然史を1年の周期で感じさせてくれるはずです。
諸君には傍観は許されません。自主自律に立った個性と競争的共存の精神をもって,力強い一歩を踏み出していただきたいと存じます。そして,一人一人の行動を全体の総意とすることで,日本人としてそして国際人として,21世紀の社会を切り拓くことを期待いたします。
四季の移ろいは,角間キャンパスの春色を新たにし,浅の川の流れに美しい微風を送り始めています。諸君におかれては,自然に恵まれ詩情豊かな学府・金沢で学生生活を送った感動を胸に刻み,世界に向けて大きくはばたかれますよう。国立大学の法人化が予定される中で,金沢大学はさらなる発展を目指し,今大きく変貌しようとしています。個性を磨くために,再び母校に戻られることがあれば幸です。諸君の健闘を称え,さらなる発展を祈念し,告辞といたします。
平成14年3月22日
金沢大学長 林 勇二郎