計算機上で収集したデータの機械学習による不斉触媒設計~有機合成DX化の基盤技術構築に向けて~

掲載日:2022-2-22
研究

金沢大学大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻博士前期課程2年の向真潔,金沢大学医薬保健研究域薬学系の長尾一哲助教,大宮寛久教授らと理化学研究所(理研)との共同研究グループは,遷移状態計算(※1)と機械学習(※2)を併用して,「エナンチオ選択性(※3)」が向上する不斉触媒(※3)を計算機上で設計することに成功しました。

医農薬品などの開発においては,分子の立体構造が生物活性に大きく影響することから,エナンチオマー(※3)を選択的に生成できる不斉触媒が重要であり,近年,人工知能(AI)(※2)の活用が注目されています。現状では,AI構築には実験データが必要ですが,量子化学計算(※1)により計算機上で収集したデータの解析を基に触媒が設計できれば,触媒が高価などの理由で解析用の実験データの収集が難しい反応系でも開発を効率化できるなど,さまざまな展開が考えられます。

今回,本研究グループは,モデルとした不斉触媒反応(※3)において,遷移状態計算により計算機上で集めたわずか30個のサンプルから,エナンチオ選択性が向上する「データ駆動型不斉触媒設計(※4)」 に成功しました。

本研究は,有機合成のデジタルトランスフォーメーション(DX)(※5)化基盤の構築に貢献すると期待できます。また,触媒反応の開発における開発期間の短縮や環境負荷の低減を可能にし,2016年に国際連合が発表した「持続可能な開発目標(SDGs)」にある「7 エネルギーをみんなに,そしてクリーンに」や「9 産業と技術革新の基盤を作ろう」に貢献するものです。

本研究成果は2022年1月13日に科学雑誌『Bulletin of the Chemical Society of Japan』に掲載されました。

 

 

図 本研究で構築したデータ駆動型インシリコ不斉触媒設計の概念図

右下の計算機でエナンチオ選択性の値と対応する遷移状態構造を算出し(①),訓練データを中央のドームに蓄積(②),集めた訓練データを用いて機械学習を行い,選択性支配因子を抽出・可視化する(③)。可視化した重要構造情報を基に研究者が設計した分子を用いて,①で再び遷移状態計算を行い,訓練データを追加する。最大73%eeを示す触媒を含む訓練データ18サンプルから始めて,①~③のサイクルを繰り返すことで,96%eeを示す不斉触媒および不斉配位子の設計に成功した。

 

 

【用語解説】
※1 遷移状態計算,量子化学計算
化学反応の進行につれて反応系が始状態から終状態に向かって原子配置を変えていく過程で,自由エネルギーの最も高い状態を遷移状態と呼ぶ。ここでの「遷移状態計算」とは遷移状態の構造やエネルギーを求める「量子化学計算」を指す。量子化学計算は,原子や分子の構造や性質を電子状態から解析する手法のこと。

※2 機械学習,人工知能(AI)
ここでは,データを基にコンピュータにその特徴やパターンを学習させることを機械学習とし,機械学習によりデータの分析や予測が可能になったコンピュータを人工知能(AI)とする。

※3 エナンチオ選択性,不斉触媒,エナンチオマー,不斉触媒反応
鏡に映した右手と左手のように,重ね合わせることができない立体異性体を「エナンチオマー(鏡像異性体)」という。通常の有機合成ではエナンチオマーの関係にある物質が1:1で生成される(ラセミ体)が,片方のエナンチオマーを選択的に作り出す反応を不斉反応という。触媒としてわずかな量の不斉源(不斉触媒)を用いた不斉反応のことを「不斉触媒反応」という。不斉反応の結果,片方のエナンチオマーがどれだけ得られたかを「エナンチオ選択性」という。

※4 データ駆動型不斉触媒設計
機械学習による予測や,抽出したパターン・知見をもとに不斉触媒を設計すること。

※5 デジタルトランスフォーメーション(DX)
ここでは機械学習・人工知能などのデジタル技術による研究のあり方の変革を指

 

詳しくはこちら

Bulletin of the Chemical Society of Japan

研究者情報:長尾 一哲

研究者情報:大宮 寛久

 

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