【本研究成果のポイント】
- 同じ形状が隙間無く敷き詰められたタイルパターンは様々な生物において見られる。昆虫の複眼などの様に物理的に安定な6角形タイルが一般的である。
- 通常,ハエの複眼は6角形タイルから成るが,ある種の変異体では4角形タイルに変化する。この現象は物理的な安定性だけでは説明できない。
- 幾何学的な分割機構が複眼の6角形および4角形タイルパターンを決定することを明らかにした。
金沢大学 新学術創成研究機構の佐藤純教授,北海道大学大学院 理学研究院の栄伸一郎教授,富山大学 学術研究部理学系の秋山正和准教授,サレジオ工業高等専門学校の須志田隆道講師らの共同研究グループは,ショウジョウバエの複眼を用いて,生物においてタイルパターンが制御される仕組みを解明しました。
同じ形状が隙間無く敷き詰められたタイルパターンは昆虫の複眼やハチの巣において見られ,6角形のタイルパターンが一般的です。これは,6角形タイルが構造的に頑強で,各タイルの周長が短く,空間充填度が高いという物理的特性によると考えられていました。
ですが,エビやロブスターの複眼は4角形タイルパターンを示します。ハエの複眼も通常は6角形タイルパターンを示しますが,ある種の変異体では4角形に変化します。これらのことから,物理的な安定性のみに従ってタイルパターンが制御されているわけではないと考えられます。
本研究では物理的制約に加えて幾何学的な分割機構に従って複眼のタイルパターンが制御されることを明らかにしました。複眼が小さい変異体では複眼全体が背腹方向に伸長することによって複眼を構成する個眼の位置関係が変化し,これに伴って6角形タイルが4角形タイルに変化します。個眼の規則的な分布と個眼の成長の組み合わせによって複眼のタイルパターンが決定するのです。
本研究成果は,2022年4月6日午前11時(米国東部標準時)に米国科学誌『Current Biology』のオンライン版に掲載されました。
【共同研究グループ】
金沢大学 新学術創成研究機構
教授 佐藤 純 (さとう まこと)
特任助教 林 貴史 (はやし たかし)
北海道大学大学院 理学研究院
教授 栄 伸一郎 (えい しんいちろう)
富山大学 学術研究部理学系
准教授 秋山 正和 (あきやま まさかず)
サレジオ工業高等専門学校
講師 須志田 隆道 (すしだ たかみち)
【研究の背景】
同じ形状が隙間無く敷き詰められたタイルパターンは人工物においては城壁やチェス盤などにおいて見られ,生物においては昆虫の複眼やハチの巣において見られます。人工物においては4角形タイルが一般的ですが,生物においては6角形タイルが一般的です。これは,6角形が構造的に頑強で,各タイルの周長が短く,空間充填度が高いという物理的特性によるものと考えられていました。
ですが,エビやロブスターの複眼は4角形タイルパターンを示し,シャコの複眼は4角形と6角形が混在したタイルパターンから成ることが知られています。ハエの複眼も通常は6角形タイルパターンを示しますが,ある種の変異体では4角形に変化します。これらのことから,物理的な安定性のみに従って複眼のタイルパターンが制御されているわけではないと考えられます。しかし,この様なタイルパターンがどのようにして制御され,どのような機構によって6角形と4角形のパターンが切り替わるのか,全く分かっていませんでした。
【研究成果の概要】
野生型のハエの複眼は6角形タイルパターンを示しますが,ある種の変異体ではこれが4角形パターンに変化します(図1)。4角形変異体では複眼の大きさが小さくなっているため,私たちは複眼の大きさそのものがタイルパターンに影響しているのではないかと考えました。この時,複眼は背腹方向に小さくなっており,小さい複眼が頭部と結合することで複眼組織が背腹方向に引っ張られ,伸長しているのではないかと考えました。実際,4角形変異体の小さい複眼において背腹方向の張力が増強し,複眼の組織が背腹方向に伸長していることを見出しました(図1)。しかし,背腹方向に引っ張っただけでは,6角形が縦長になるだけで,4角形に変化することを説明できません。
図1 6角形から4角形パターンへの変化
一方,平面上の複数の母点を中心として領域を均等に分割するボロノイ分割という幾何学的な手法が知られており,例えば小学校の学区を決める時に用いられます(図2)。母点(小学校)間を結ぶ線分に対する垂直二等分線がボロノイ境界を構成し,これによって全ての領域(学区)が均等に分割されます。私たちは野生型の6角形タイルだけでなく変異体の4角形タイルもこのボロノイ分割によって正確に再現されることを見出しました。垂直二等分線を描くという幾何学的な手法が生体内で行われると考えることは無理がありますが,各母点が同心円状に成長し,円がぶつかると成長が止まって境界を形成する場合にも全く同じボロノイ境界が描かれることが知られています(図2)。私たちは個眼を構成する細胞が風船の様に膨らむことによって同心円状の成長と同様な効果を生むことを,実験とコンピューターシミュレーションを用いて証明しました
この様に,個眼の配置と個眼の同心円状の成長によってタイルパターンが決定すること,個眼が縦横方向に均等に分布している場合は6角形タイルパターンを示すこと,また複眼が背腹方向に伸長して個眼の背腹方向の間隔が広がると4角形タイルパターンに変化することを示しました(図1)。遺伝子の働きと物理的制約によって細胞や組織の形態が制御されることは知られていましたが,これらに加えて幾何学的な分割機構が存在し,これらの協調的な働きによって複眼のタイルパターンが制御されることが明らかとなったのです。
図2 ボロノイ分割によるタイルパターン形成
【研究成果の意義】
発生生物学,構成生物学,再生医療などにおいて,細胞や組織の形態を制御する機構を理解することが重要です。今回の結果は,同心円の成長に基づく幾何学的パターンが,生物のパターン形成において重要な役割を担っていることを示しています。これまでにも生物の視覚系の光学的特性が人工複眼などの新技術に活用されており,本研究の成果は将来的に人工組織・人工臓器など生体工学関連の研究に応用される可能性が期待できます。
本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」研究領域(研究総括:坪井 俊)における研究課題名「生命現象における時空間パターンを支配する普遍的数理モデル導出に向けた数学理論の構築」(研究代表者:栄伸一郎,主たる共同研究者:佐藤純),文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究,学術変革領域研究A),日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B)),物質・デバイス領域共同研究拠点,武田科学振興財団,上原記念生命科学財団などの支援を受けて実施されました。
【掲載論文】
雑誌名:Current Biology
論文名:Tiling mechanisms of the Drosophila compound eye through geometrical tessellation
(幾何学分割によるショウジョウバエ複眼のタイル機構)
著者名: Takashi Hayashi, Takeshi Tomomizu, Takamichi Sushida, Masakazu Akiyama, Shin-Ichiro Ei, Makoto Sato(林貴史,友水豪志,須志田隆道,秋山正和,栄伸一郎,佐藤純)
掲載日時:2022年4月6日午前11時(米国東部標準時)にオンライン版に掲載
DOI: 10.1016/j.cub.2022.03.046
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【本件に関するお問い合わせ先】
■研究内容に関すること
金沢大学 新学術創成研究機構
革新的統合バイオ研究コア数理神経科学ユニット・教授
佐藤 純(さとう まこと)
TEL:076-265-2843(直通) FAX:076-234-4239
E-mail:makotos@staff.kanazawa-u.ac.jp
■広報担当
金沢大学 研究・社会共創推進部研究推進課
TEL:076-264-6186
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北海道大学 総務企画部広報課
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