金沢大学環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授,理工研究域生命理工学系の松原創教授,神奈川大学理学部生物科学科の大平剛教授,新潟大学佐渡自然共生科学センターの豊田賢治特任助教らを中心とする共同研究グループは,クルマエビ(Marsupenaeus japonicus)(図1)の殻のカルシウムが沈着(石灰化)するメカニズムを解明しました。
すなわち,クルマエビの殻には,カルシウムと結合するペプチド(※1)が存在して殻の石灰化に関与しており,そのペプチドを作る遺伝子の発現を抑えると,殻が正常に形成されなくなることを証明しました。
甲殻類の外骨格は石灰化した組織であり,層状構造をとっています。外界側から,上クチクラ,外クチクラ,内クチクラ,上皮細胞の順に構成されています(図2)。
その中で石灰化に関与しているのは,外クチクラと内クチクラであり,キチン(※2)とタンパク質との複合体を作っています。この複合体に,炭酸カルシウムが沈着・石灰化することで外骨格は硬くなります。
そこで,この複合体を作っているペプチドの構造を決めて,ペプチドを大腸菌で作らせました。大腸菌で作ったペプチドは,キチン及びカルシウムと結合し,クルマエビの上皮細胞(図2)で作られることも分かりました。
さらにRNAi(※3)という技術で,ペプチドを作る遺伝子の発現を抑制すると,クルマエビの殻が委縮して,カルシウムの沈着異常を引き起こすことを証明しました(図3)。
これらの知見は,外敵からの防御だけでなく,病気になりにくくなる硬い殻を作る強いクルマエビの開発に役立ちます。さらに,この遺伝子は脱皮を制御するので,エビの成長を促進する技術にもつながり,エビの増養殖現場への貢献が期待されます。
本研究成果は,2022年6月2日にオランダの国際学術誌『Aquaculture』のオンライン版に掲載されました。
図1 クルマエビの稚エビ
クルマエビの稚エビに白のビニールテープを殻に貼り付けて,脱皮したか否かを調べる実験をした。ビニールテープは,エビの脱皮の良い指標になる。
図2 クルマエビの殻の構造
石灰化に関与しているのは,外クチクラと内クチクラであり,キチンとタンパク質との複合体を作ってる。
図3 殻の石灰化に関与するペプチドのRNAi
電子顕微鏡によりRNAiの影響を観察した結果,ペプチドが作られなくなると殻の表面が縮んでデコボコになり,白い点(カルシウム)はまばらに沈着する。一方正常な殻の表面は,滑らかでカルシウムは均一に存在する。不均一な白点は存在しない。
【用語解説】
※1 ペプチド
アミノ酸がペプチド結合により100個未満の短い鎖状につながった分子の総称。
通常100個以上の場合をタンパク質という。本研究では,カルシウムとキチンと双方と結合するペプチドのことを示す。
※2 キチン
N-アセチルグルコサミンが直鎖状に結合したもの。多くの無脊椎動物の体表を覆うクチクラの主成分。節足動物や甲殻類の外骨格やカビ・キノコなど真菌類の細胞壁などを構成する。
※3 RNAi(RNA interference; RNA干渉)
二本鎖RNAと相補的な配列(2つの構造が互いに鍵と鍵穴の関係にあるような関係性を持つ配列)を持つmRNAを特異的に分解する技術。本研究では,人工的に合成された二本鎖RNAを導入し,目的の遺伝子(クルマエビのペプチドをコードする遺伝子)発現のみを抑制した。
研究者情報: 鈴木 信雄