金沢大学医薬保健研究域医学系の中田光俊教授および医薬保健研究域保健学系の中嶋理帆助教の共同研究グループは,ヒトの感情を理解する脳領域を同定しました。
ヒトは様々な感情をもって,また他者の感情を理解しながら社会生活を営む動物です。私たちは,相手の表情からその感情を理解・推測することができ,この能力のおかげで円滑な人間関係を築くことができます。この能力は,脳内の複数の脳領域が関わる広範な脳ネットワークにより統制されています。感情のうち,喜びと悲しみは最も基本的で対極にある感情です。これまで,ネットワークの中で,喜びと悲しみに関わる重要な領域は分かっていませんでした。
本研究では,右大脳半球の脳腫瘍の摘出術により,脳局所が欠損した症例を対象として,喜びと悲しみの感情の理解に関わる脳領域を画像統計解析という手法を用いて調べました。その結果,喜びは前頭前野後方,悲しみは前頭葉眼窩部内側が関係していました。興味深いことに,これらの領域にはシーソーの関係があることが分かりました。すなわち,前頭前野後方が欠損すると喜びの感情識別能力が低下すると同時に,悲しみの感情識別は敏感になり,前頭葉眼窩部内側が欠損すると悲しみの感情識別能力が低下すると同時に,喜びの感情識別は敏感になりました(図1)。また,両領域は神経線維により接続していることが分かりました。
本研究で発見した脳領域は,喜びと悲しみの感情理解の中枢と言える領域であり,損傷は喜びと悲しみのバランスを崩す可能性があります。この発見は,人の感情理解を担う脳ネットワークの解明に極めて重要な知見であり,今後の脳研究に大きな影響を与えることが期待されます。
本研究成果は,2022年6月2日に国際学術誌『Neuroimage: Clinical』にオンライン掲載されました。
図1.画像統計解析の結果
色がついている部分は統計学的に有意な領域であることを示す。喜びの感情識別機能が有意に低下するのとほぼ同じ領域において悲しみの感情識別機能が有意に上昇する(上段)。同様に,悲しみの感情識別機能が低下するのと重なる領域において喜びの感情識別機能が上昇する(下段)。
図2.本研究のまとめ