海洋深層水が魚のストレスを低減するメカニズムを世界で初めて解明

掲載日:2023-6-8
研究

 

 金沢大学環日本海域環境研究センターの鈴木信雄教授と理工研究域生命理工学系/能登海洋水産センターの松原創教授,富山県立大学の古澤之裕准教授,富山大学の田渕圭章教授,立教大学(前東京医科歯科大学)の服部淳彦特任教授と丸山雄介助教,公立小松大学の平山順教授を中心とした共同研究グループは,ヒラメ(Paralichthys olivaceus)(図 1)を能登の海洋深層水(※1)あるいは表層水で 10 日間高密度飼育したところ,飼育前に比べて,ストレスホルモン(コルチゾル(※2))が前者では変化せず,後者では上昇することを見出しました(図 2)。さらに,深層水からヒラメのコルチゾルを低減させる物質(キヌレニン(※3))を同定しました。本研究により,キヌレニンがヒラメのウロコ(※4)の骨芽細胞に働き,そこで分泌されたカルシトニン(※5)が血流を介して,脳におけるコルチゾル産生を促す遺伝子群の発現を抑制,それによりコルチゾル産生が低減することを世界で初めて証明しました。

 海洋深層水で魚を飼育するとストレスが低減され,長期間飼育できると言われてます。これまで不明であった海洋深層水による魚のストレス低減作用を,本研究により初めて科学的に証明したことになります。一方キヌレニンは,表層の海水には無く,能登の海洋深層水に含まれている物質です(表 1)。このキヌレニンが,カルシトニンを分泌させることにより、脳においてコルチゾル産生に関与する遺伝子群の発現を抑制,コルチゾル分泌が低減することを明らかにしました。
 
 以上の結果は,海産魚類の飼育や養殖に能登の海洋深層水が有効であることを証明したことになります。さらにコルチゾル分泌を低減するキヌレニンは,餌などへの応用により,水産業に大きく貢献することが期待できます。

 本研究成果は,2023 年 5 月 30 日にイギリスの国際学術誌『Scientific Reports』のオンライン版に掲載されました。

 

 

 

 

図 1:ヒラメ(Paralichthys olivaceus) 頭部から見た写真

              図 2:高密度飼育による血漿中のストレスホルモン(コルチゾル)の濃度の変化
                      (A)実験のスケジュール
                   (B)表層水で高密度飼育すると血漿中のコルチゾル濃度が上昇する。
                   (C)能登海洋深層水で高密飼育すると血漿中のコルチゾル濃度は変化しない。

 

 

 

 

【用語解説】

※1:海洋深層水

 海洋深層水は,1)河川水の影響を受けないため,化学物質による汚染を受けにくい,2)有害な雑菌が少ない,3)無機塩(硝酸態窒素,リン酸,ケイ素等)が豊富である,という特徴がある。深層水に入れて魚を飼育すると,通常の表層水と比較して長期間,魚を健全に生かすことができる。しかしながら,深層水による作用の科学的な根拠に関する研究は少ない。その詳細な機構が本研究により,初めて解明された。

※2:コルチゾル
 脊椎動物のストレス応答に関与するホルモン。魚においてもヒトと似た合成機構により産生される。ヒトでは副腎皮質から,魚では主に間腎から産生される。上位の調節機構もヒトと同じであり,視床下部―脳下垂体―副腎皮質(魚では間腎)という経路で調節されている。以上のことから,魚におけるストレス低減作用は,ヒトでも効果がある可能性が高い。

※3:キヌレニン
 インドール化合物の一種。インドール化合物には,植物の成長を制御するインドール酢酸などが含まれる。責任著者の研究グループは,インドール化合物の一種であるメラトニンが骨芽細胞で作られるカルシトニンの分泌を促進することを証明している。この結果を基にして,インドール化合物にターゲットを絞り込み,能登の表層海水と能登の海洋深層水の組成を調べた結果,キヌレニンが能登の海洋深層水に特異的に存在することを発見した。キヌレニンのストレス低減作用は,特許を取得済である(特許第 7093961号)。

※4:ウロコ
 魚のウロコには骨を作る細胞(骨芽細胞)と骨を壊す細胞(破骨細胞)が共存しており,魚は脊椎骨ではなく,ウロコからカルシウムを出し入れしている。例えば,メスのサケは,海から川に遡上するときにウロコからカルシウムを取り出して,卵にカルシウムを供給する。その時,ウロコの破骨細胞が活性化して,ウロコが溶けて小さくなることが証明されている。また、国際宇宙ステーションを構成する日本の宇宙実験棟「きぼう」においても、このウロコを用いた宇宙実験を実施した実績を,責任著者の研究グループは有する。その研究では、宇宙空間で,わずか 3 日間の培養で破骨細胞が活性化して,ウロコの骨吸収が引き起こされることを報告した。さらに本研究においてインドール化合物の一種であるキヌレニンがウロコの骨芽細胞でカルシトニンの分泌を促すことにより,ヒラメのストレス低減作用を示すことができた。

※5:カルシトニン
 ヒトでは甲状腺の傍濾胞細胞,哺乳類以外の脊椎動物では鰓後腺から分泌される 32 個のアミノ酸から構成されるペプチドホルモン。ヒトのみならず,魚においても,カルシトニンは破骨細胞の活性を抑制することにより,血液中のカルシウム濃度低下作用を持つ。このホルモンの魚に対する作用を初めて証明したのは,責任著者の研究グループである。このホルモンの受容体は,破骨細胞以外の組織にも存在しており,脳においてもカルシトニン受容体の発現が見られ,鎮痛作用を持つ。さらに責任著者のグループが初めて,キヌレニンがカルシトニンの分泌を促進させることを見出した。カルシトニンは,血液脳関門を通過できるホルモンとして知られており,ウロコから分泌されたカルシトニンがヒラメの脳に作用し,ストレス低減作用を示した。

 

 

 

プレスリリースはこちら

ジャーナル名:Scientific Reports

研究者情報:鈴木 信雄

 

 

 

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