金沢大学大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻博士後期課程 2 年の江崎博仁,泉翔馬,医薬保健学域薬学類 6 年の桂あやの,および医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授,金田勝幸教授らの研究グループは,禁煙補助薬のバレニクリン(※1)によって認知記憶力がアップする脳内メカニズムを明らかにしました。
日本での 65 歳以上の認知症患者数は 2020 年に約 602 万人,2025 年には約 675 万人に及ぶと予測されています(平成 29 年度版高齢社会白書)。しかし,十分な効果を示す治療薬があるとは言えず,また,新規治療薬はその高価格から医療費を圧迫することが懸念されています。したがって,既存の薬物から認知症治療につながる薬を見つけることは患者にとってのみでなく,社会的にも重要と考えられます。
今回,本研究グループは,認知記憶機能に関与するとされている内側前頭前野(medial prefrontal cortex, mPFC(※2))とタバコの成分でもあるニコチンが結合する脳内ニコチン性アセチルコリン受容体(nicotinic acetylcholine receptor (nAChR)(※3))に着目し,禁煙補助薬として認可されているバレニクリンの作用を調べたところ,マウスの物体認知記憶力を顕著に増大させることを発見しました(図 1)。さらに,この記憶力増大にはmPFC 神経細胞におけるバレニクリンの α7 型 nAChR への結合と,それに続く G 蛋白質(※4)を介した細胞内シグナル活性化による興奮性神経伝達の増強が関与していることを明らかにしました(図 2)。
これらの知見は将来,低コストの認知症治療薬の開発につながることが期待されます。本研究成果は,2023 年 7 月 26 日に国際学術雑誌『Neuropharmacology』のオンライン版に掲載されました。
図 1:新奇物体認識試験と研究成果の概要。まず,マウスにトレーニングにおいて 2 つの同じ物体を覚えさせ,その 24 時間後に一方の物体を新しい物体と入れ替えテストする。トレーニング時の物体を覚えていれば,マウスは新奇な物体により興味を示すことから,テスト時には新たな物体への探索時間が増える。マウス mPFC へのバレニクリン局所投与は認知記憶力をアップさせる。
図 2:バレニクリンの作用機序の概略。バレニクリンは α7 型 nAChR に結合し,G 蛋白質を介したシグナル伝達経路を駆動する。その結果,興奮性神経伝達が増大し mPFC 神経細胞の活動が上昇する。これにより,物体認知記憶が増大する。
【用語解説】
※1:バレニクリン
禁煙補助薬。商品名チャンピックス。脳内の nAChR に結合する。
※2:内側前頭前野(mPFC)
認知,判断,記憶などの機能発現をつかさどる大脳新皮質の一領域。
※3:ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)
神経伝達物質のアセチルコリンが結合する受容体の一種。α7 型を含む複数のタイプが脳内に存在する。
※4:G 蛋白質
細胞内に存在し,薬物が受容体に結合すると活性化され,その情報を細胞内に伝達する蛋白質の一つ。
ジャーナル名:Neuropharmacology
研究者情報:金田 勝幸