金沢大学理工研究域フロンティア工学系/ナノ生命科学研究所の宮澤佳甫助教,福間剛士教授と,AGC株式会社の永井生氏,浦田新吾氏,菅健斗氏,林泰夫特別研究員の共同研究グループは,金沢大学が開発した 3 次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)(※1,2)を用いてサファイア(001)と α-クォーツ(100)の酸化物結晶の表面構造と水和構造(※3)を原子スケールで可視化することに成功しました。
サファイアやクォーツなどの酸化物結晶の表面構造や水和構造は,物質の吸着や摩擦,生体材料の親和性,エッチングレートなどのさまざまな物理現象に直接影響を与えます。そのため,新たな機能を持つ材料を設計するためには,これらの現象を原子スケールで観察できる手法が求められていました。本研究では,3 次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)を用いることで,酸化物結晶表面の官能基である水酸基(OH 基)の配置と,その表面上の水和構造を原子スケールで可視化することに成功しました。また,これらの酸化物結晶表面では,結晶表面の OH 基の配置や分子配向に強く依存して,複雑な 3 次元水和構造を形成することを明らかにしました。
本研究で提案した手法は,酸化物結晶の計測に限らず,OH 基を有する非晶質ガラスなどの材料表面の原子スケール観察にも直接応用可能です。そのため,我々の身の回りで用いられている酸化物結晶やガラス材料の開発研究にも広く応用され,将来的にガラスを用いるさまざまな電子デバイスや生体材料の研究の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は,2023 年 7 月 19 日に英国王立化学会の国際学術誌『Nanoscale』に掲載されました。
図 :3D-AFM 像から取得した(a)サファイア(001)面と(e) α-クォーツ(100)表面の結晶構造を示す XY 断面図。どちらの表面上でも OH 基の原子スケールの周期構造が可視化されているが,(a)のサファイアは六角形状の周期構造が一部乱れた領域も存在することが分かる。(b, f)3D-AFM 像から(a, e)の点線上(OH 基の周期配列上)で取得した XZ 断面図。(b)サファイア上では複数の層状の水和構造が観察された一方,(f)クォーツ上では格子状の局所的な水和構造が観察された。(c, g)3D-AFM と(d, h)MD シミュレーションで取得した 3 次元像から取得した第 1 水和層の XY 断面図。どちらも,第 1 水和層の水平方向の局所分布を示している。(g, h)クォーツ上では水平方向に原子スケールで周期的な第 1 水和層を示したが,(c, d)サファイア上では周期的な水和構造(矢印部分)と乱れた非周期的な水和構造がある。
【用語解説】
※1 原子間力顕微鏡(AFM)
AFM は,探針と呼ばれる尖った針を持つカンチレバー(片持ち梁)を力検出器として用い,探針が受ける相互作用力を一定にするように探針を試料表面上で走査することで試料表面の形状像を取得する手法である。相互作用力の検出方法には幾つかの種類があり,本研究で用いた周波数変調 AFM(FM-AFM)では,相互作用力をカンチレバーの共振周波数の変化量(周波数シフト)で検出する。これにより,液中環境下でも原子・分子スケールの表面形状観察が可能である。
※2 3 次元原子間力顕微鏡(3D-AFM)
汎用的な AFM は探針を試料表面上で 2 次元走査するが,3D-AFM は探針を試料表面上で 3 次元的に走査し,探針が受ける相互作用力の 3 次元分布像を取得する。これにより,固液界面に存在する水和構造(水分子の密度分布)などの 3 次元構造を可視化することができる。
※3 水和構造
液中の水分子が,固体表面の原子スケールの構造や物性に依存して局所的な密度分布を形成する現象である。水和構造は,固体表面の吸着や摩擦などの物理現象の特性に直接影響を与えるため,材料分野から生物分野まで,液中で生じる現象を扱う研究分野には広く関係する現象である。水分子は,液中環境下でピコ秒の時間スケールで常に動き回っているが,時間平均すると,固液界面近傍で局所的な密度分布を形成する。3D-AFM で可視化するのは,このような水分子の時間平均された密度分布である。
ジャーナル名:Nanoscale
研究者情報:宮沢 佳甫