金沢大学大学院医薬保健学総合研究科創薬科学専攻博士後期課程 1 年の齋藤惇,2 年の二井谷和平,医薬保健学域薬学類 5 年の村田陽香,永崎純平,および医薬保健研究域薬学系の金田勝幸教授らの研究グループは,社会的ストレスによるコカイン欲求増大の脳内メカニズムを明らかにしました。
薬物依存症は日本を含む世界中で大きな社会問題となっていますが,その治療薬・治療法は開発されていません。薬物依存症患者では,一旦薬物をやめても,ストレスなどによって薬物への欲求が増大し,再び薬物を摂取してしまい,このことが依存症の治療を困難にしています。したがって,ストレスによる薬物欲求増大の神経メカニズムを解明し,その知見に基づいた治療薬・治療法の開発につなげることが重要であると考えられます。
今回,本研究グループは,ヒトでの精神的ストレスを模倣した社会的敗北(social defeat, SD)ストレス(※1)負荷により,マウスのコカイン欲求が増大する実験系を確立し,これを用い,ストレスを感じるときに伝達が亢進するとされるノルアドレナリン(noradrenaline, NA)(※2)および薬物欲求情報処理に関与するとされる内側前頭前野(medial prefrontal cortex, mPFC)(※3)に着目し,NA 伝達阻害薬の一つであるシロドシンの作用を調べました。その結果,シロドシンは mPFC 神経細胞での NA による興奮性神経伝達(※4)促進作用を阻害することによって(図 1),ストレスによるコカイン欲求増大を抑制することを発見しました(図 2 上段)。さらに,非侵襲的な投与法である経鼻投与によっても,シロドシンはストレスによるコカイン欲求増大を抑制することを明らかにしました(図 2 下段)。
これらの知見は将来,薬物依存症の治療薬の開発につながることが期待されます。
本研究成果は,2023 年 10 月 13 日に国際学術雑誌『Neuropharmacology』のオンライン版に掲載されました。
図1:SDストレス負荷により,マウスのmPFCではNA伝達が亢進する。NAによるmPFCでの興奮性神経伝達亢進(右枠内トレース)はNAα1A受容体遮断薬のシロドシンの適用により抑制された。
図2:シロドシンをマウスの mPFC に局所投与することにより,ストレスによるコカイン欲求増大が抑制され(上段),また,非侵襲的な薬物投与法である経鼻投与によってもシロドシンはコカイン欲求増大を抑制した(下段)。
【用語解説】
※1:社会的敗北(social defeat, SD)ストレス
大型の ICR マウスが小型の C57BL/6J マウスを攻撃することで C57BL/6J マウスに負荷するストレスモデル。ヒトの心理社会的ストレスのモデルとして齧歯類において用いられる。
※2:ノルアドレナリン(NA)
脳内神経伝達物質の一つ。ストレス負荷により脳内のさまざまな部位で遊離が亢進する。
※3:内側前頭前野(mPFC)
認知,判断,記憶などの機能発現をつかさどる大脳新皮質の一領域。薬物欲求の制御にも関与する。
※4:興奮性神経伝達
神経細胞同士の情報伝達には,大きく分けて興奮性と抑制性が存在する。興奮性神経伝達により,情報を受け取った神経細胞は活動が増大する。多くの場合,グルタミン酸が興奮性神経伝達を担う。
ジャーナル名:Neuropharmacology
研究者情報:金田 勝幸