金沢大学大学院新学術創成研究科ナノ生命科学専攻/「知」の共創と往還で実現する新価値創造人材育成プロジェクト選抜学生のムハンマド・イスマン・サンデイラ(博士後期課程 3 年、研究当時)、ナノ生命科学研究所のキイシヤン・リン特任助教、安藤敏夫特任教授、華山力成教授、リチャード・ウォング教授らの共同研究グループは、高速原子間力顕微鏡(高速 AFM)(※1)を用い、細胞外小胞(※2)マーカーの動態をナノスケールで観察することに初めて成功しました。
小型細胞外小胞(small extracellular vesicles、sEVs)は、親細胞由来の脂質、タンパク質、RNA を運搬し、特定の細胞タイプや生物学的状態を示すバイオマーカーとして機能します。エクソソームやマイクロベシクルを含む sEVs は、細胞間の成分輸送を通じた情報伝達に重要な役割を果たします。現在、超遠心分離法や Tim-4 アフィニティ法などの手法により高純度の sEVs を分離することが可能ですが、そのサイズの小ささにもかかわらず、sEVs は細胞内起源の多様性により依然として不均一な性質を持っています。
本研究では、高速原子間力顕微鏡(高速 AFM)を用い、エクソソームマーカー(IgG CD63および IgG CD81)と組み合わせることで、単一 sEV レベルでの細胞内起源の解析を実施しました。まず、生理的条件下での HEK293T 細胞由来 sEVs のナノトポロジーを初めて明らかにしました。その結果、直径 100 nm を超える大型 sEVs は、100 nm 以下の小型 sEVs と比較して高さの変動が大きいことが確認されました。さらに、マウス由来の IgG CD63 およびウサギ由来の IgG CD81 と IgG コントロールが、特徴的な「Y 字型」の構造を持ち、同様の構造動態特性を示すことを発見しました。最後に、エクソソームマーカー抗体が主に直径 100 nm 以下の sEVs と共局在し、100 nm 超の sEVs ではほとんど見られなかったことから、CD63-CD81 が豊富な sEV(エクソソーム様)と、CD63-CD81 が少ない sEV(エクトソーム様)の 2 種類のサブタイプが存在することが明らかになりました。
本研究は、高速 AFM を用いたナノスケール解析により、異なる sEV サブタイプの特徴付けが可能であることを実証しました。この技術は、sEV の多様な集団を識別する新たな手法として、疾患バイオマーカーの研究や診断技術の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025 年 3 月 25 日(米国東部時間)に国際細胞外小胞学会誌『Journal of Extracellular Vesicles』のオンライン版に掲載されました。
図1:小型細胞外小胞(sEVs)の免疫表現型解析(Immunophenotyping)
この図は、小型細胞外小胞(sEVs)を高速原子間力顕微鏡(高速 AFM)で解析し、エクソソームマーカー(CD63、CD81)を用いて免疫表現型分類を行う流れを示しています。
【用語解説】
※1:高速原子間力顕微鏡(高速 AFM)
探針と試料の間に働く原子間力を基に分子の形状をナノメートル(10-9 m)程度の高い空間分解能で可視化する顕微鏡。高速 AFM は溶液中で動いているタンパク質などの生体分子をナノメートルの空間分解能とサブ秒という時間分解能で観察することが可能である。
※2:細胞外小胞(extracellular vesicles、EVs)
細胞が分泌する脂質二重膜に覆われた小胞のこと。分泌細胞由来のタンパク質や RNA などの核酸、脂質などを含んでおり、さまざまな細胞間情報伝達を担っている。
ジャーナル名:Journal of Extracellular Vesicles
研究者情報:リチャード・ウォング(Richard Wong)
華山 力成