医薬保健研究域医学系の三枝理博教授,長谷川恵美前助教(現筑波大学)らの研究グループは,睡眠障害「ナルコレプシー」の症状の一つで,気持ちが高ぶった時に,突然全身の力が抜けてその場に倒れこんでしまう,「情動脱力発作(※1)」を防いでいる神経メカニズムを明らかにしました。
ナルコレプシーは日中の耐えがたい強い眠気と情動脱力発作を主症状とする睡眠障害。患者は500人~2000人に一人とされ,多くは思春期に発症します。オレキシン神経(※2)の変性脱落により生じることがほとんどであり,以前本研究グループは,オレキシン神経からの情報を受け取ってナルコレプシーの症状を抑制する,二種類の神経を明らかにしていました。
今回,本研究グループは,二種類の神経の一つ,セロトニン神経(※3)が,情動を司る扁桃体の活動を弱めることで,ナルコレプシーの症状の一種である情動脱力発作が起きるのを防ぐことを明らかにしました(図1)。本研究の成果により,ナルコレプシー発症メカニズムの全貌の理解に大きく近づくとともに,情動脱力発作の新たな治療法の開発にもつながると期待されます。
本研究成果は米国の科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン版に日本時間2017年4月11日に掲載されました。本成果の一部は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
図1 本研究で明らかになった情動脱力発作を抑制する神経経路
ジョークによる笑いなど,感情の高ぶりを引き起こす外界からの刺激は扁桃体の活動を高めます。ナルコレプシー患者(右)ではオレキシン神経が失われているので,扁桃体の活動が過剰になり脱力を起こします(情動脱力発作)。健常者(左)では,オレキシン神経が背側縫線核のセロトニン神経の活動を高め,扁桃体でのセロトニンの放出が増えて扁桃体の活動を弱めるので,情動脱力発作は抑えられます。
【用語解説】
※1 情動脱力発作
喜怒哀楽の感情が強く働いた時に,全身あるいは膝,腰,あご,まぶたなどの体の筋肉の力が突然抜けてしまう症状で,発作中の意識はあることが多い。ナルコレプシー(※3)の主徴の一つ。
※2 オレキシン
オレキシンは,脳の視床下部の一部の神経によって産生される,アミノ酸約30個からなる神経ペプチド。脳内で神経間の情報を伝える物質として働く。オレキシンを産生する神経(オレキシン神経)は視床下部から脳全体に神経線維を伸ばしており,その先端から放出されるオレキシンはさまざまな脳領域で異なる働きを持つ。覚醒を安定的に維持してナルコレプシーを抑制するほかに,摂食・代謝の亢進,報酬に対する応答の亢進などの機能が知られている。
※3 セロトニン
セロトニンは生理活性アミンの一つで,脳内で神経間の情報を伝える物質としても働く。セロトニン産生神経は脳幹の特定の領域に存在し,背側縫線核はその一つである。セロトニン神経は脳全体に投射し,その神経線維から放出されるセロトニンが関与する脳機能は多岐にわたる。セロトニン神経の活動は覚醒中に高く睡眠中は低いことから,睡眠覚醒調節に関わっていると考えられている。また脳内レベルの低下がうつ病の原因とする仮説もある。
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America