金沢大学新学術創成研究機構の佐藤純教授,北海道大学大学院理学研究院の栄伸一郎教授らの共同研究グループは,数理モデリングを活用したコンピューターシミュレーションの結果を実験的に検証することによって,脳の形成過程において生じるノイズを除去する仕組みを明らかにしました。
脳のような複雑な組織が形成される過程は,多くの遺伝子によって制御されています。しかし,これら遺伝子の働きは様々なノイズによって乱されることから,正確に脳を形成するためには,ノイズを除去する必要があります。しかし,微弱なノイズの効果を網羅的に調べることは困難です。
本研究では,比較的単純なショウジョウバエの脳において見られる「分化の波」Proneural Wave(※1)という現象に着目し,数理モデルを用いた解析を行うことで,細胞内情報伝達経路であるJak/Stat(※2)がノイズを無効化し,正確な脳形成を保証していることを明らかにしました。
脳をはじめ,様々な組織は,幹細胞と呼ばれる「種」のような働きをする細胞が様々な種類の細胞を生み出すことによって形成されます。形成過程の脳においてJak/Statの働きを弱めると,脳の神経細胞を生み出す神経幹細胞(※3)が乱雑に形成することから,Jak/Statは神経幹細胞の形成過程においてノイズを除去していることが示唆されました。Jak/Statは,哺乳類の大脳皮質における神経幹細胞や,万能幹細胞であるES細胞,および他の様々な臓器の幹細胞においても同様にノイズを除去している可能性が考えられます。
本研究によって明らかとなったJak/Statの作用機構,およびその正確なシミュレーションを実現する数理モデルは,様々な幹細胞の研究に対しても応用できるものと期待されます。
本研究成果は,2018年8月20日10時(英国時間)に英国科学誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
図1.「分化の波」Proneural Wave
ショウジョウバエの脳において見られる「分化の波」Proneural Wave(左)において,細胞内情報伝達因子であるJak/Statは「分化の波」Proneural Waveが到達する以前の上皮細胞において活性化し,進行速度を抑制している(右)。
図2.数理モデルを用いた「分化の波」Proneural Waveに与えるJak/Statの影響分析
従来の数理モデルにノイズを加えると神経幹細胞が乱雑に分化するが(図2上),Jak/Statの働きを実験的事実に基づいて数理モデルに組み込むと乱雑な分化が抑制され,規則正しくProneural Waveが進行した(図2下)。
【用語解説】
※1 「分化の波」Proneural Wave
細胞が何らかの特徴的な性質を獲得する過程を「分化」という。神経幹細胞は上皮細胞から分化するが,平面上に配置された上皮細胞があたかも波が伝播するように一列ずつ順番に分化するため「分化の波」と呼ばれる。Proneural Waveはショウジョウバエの脳の形成過程において見られる分化の波の一種である。
※2 Jak/Stat
細胞外からの信号を細胞内に伝える情報伝達経路で,幹細胞の形成・維持において重要な役割を果たす。
※3 神経幹細胞
脳において多数の神経細胞を産み出す特殊な細胞で,上皮細胞から分化する。
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・ 研究者情報:佐藤 純