金沢大学がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の後藤典子教授,富永香菜研究協力員,東京大学医科学研究所先端医療研究センターの東條有伸教授,東京大学医学部附属病院の多田敬一郎准教授(研究当時),田辺真彦講師,国立がん研究センター研究所の岡本康司がん分化制御解析分野長らの研究グループは,乳がん幹細胞様細胞が分裂を繰り返すごとに倍増する仕組みを明らかにしました。
がん組織はさまざまながん細胞から構成されています。幹細胞に近い性質を持った「がん幹細胞様の細胞」が親として存在し,分化段階の異なるがん組織内の全てのがん細胞を生み出すことが近年分かってきました。したがって,がん幹細胞様細胞をなくすことが,がんを根治させるために重要です。しかし,がん幹細胞様細胞をなくす分子標的薬は未だ存在せず,有効な治療方法の開発が強く求められています。
通常,がん幹細胞様細胞が分裂して二つの細胞を生み出すとき,一つの細胞はがん幹細胞様細胞に,もう一方の細胞は分化したがん細胞になります。しかし,悪性のがんでは,分裂により生み出された二つの細胞がいずれもがん幹細胞様細胞になり,がん幹細胞様細胞が分裂するたびに倍増されることで,がん幹細胞様細胞のみが増殖することが知られています。
本研究グループは,乳がん組織由来のがん幹細胞様細胞の培養に成功しました。その培養細胞を用いて,がん幹細胞様細胞内にある分子であるMICAL3の持つモノオキシゲナーゼ(※)の活性化を介して,がん幹細胞様細胞が分裂ごとに倍増する仕組みを解明することに成功しました。
今後,MICAL3の機能を阻害する分子標的薬が開発できれば,がん幹細胞様細胞の倍増を阻止してがん幹細胞様細胞の増殖を抑制することが期待できます。
本研究は,社会医療法人社団正志会南町田病院,金沢医科大学などの協力も得て,共同研究により行われました。
本研究成果は2018年12月26日(米国東部標準時間)に国際学術雑誌「Proceedings of National Academy of Science」のオンライン版に掲載されました。
図. 乳がん幹細胞様細胞がMICAL3を介して自己複製する仕組み
腫瘍微小環境にある通常のがん細胞が細胞外因子セマフォリンを産生する。セマフォリンが,がん幹細胞様細胞にのみ発現するその受容体ニューロピリン1(NP1)に結合すると,細胞内に存在する分子MICAL3の持つモノオキシゲナーゼが活性化する。それを受けて,CRMP2が二量体化し,Numbたんぱく質が細胞内にたまってくる。これが引き金となり,分裂した際に二つの娘細胞とも,がん幹細胞様細胞になる。
【用語解説】
※ モノオキシゲナーゼ
酸化還元酵素の一つで,酸素分子から一つの酸素原子を基質分子内に取り入れ,もう一つの酸素原子を還元して水を生成する反応を触媒する。
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・Proceedings of National Academy of Science
・ 研究者情報:後藤 典子