金沢大学がん進展制御研究所の須田貴司教授,がん進展制御研究所/新学術創成研究機構の土屋晃介助教らの研究グループは,細胞死を引き起こすタンパク質分解酵素であるカスパーゼ1(※1)が,細胞質タンパク質「ガスダーミンD」(※2)の有無により,異なるプログラム細胞死を引き起こすことを明らかにしました。
病気や感染で細胞内のカスパーゼ1が活性化すると,神経細胞ではアポトーシス(※3),マクロファージ(※4)ではパイロトーシス(※5)と呼ばれる形態的特徴や分子メカニズムが異なる細胞死を起こすことが知られています。しかし,その理由は分かっていませんでした。また,最近,カスパーゼ1で切断されてパイロトーシスを誘導するタンパク質であるガスダーミンDが発見されました。しかし,カスパーゼ1はガスダーミンD欠損マクロファージにも細胞死を誘導してしまい,その理由も明らかにされていませんでした。
本研究グループは,ガスダーミンD遺伝子を人工的に破壊したマウスのマクロファージやヒト大腸がん細胞を用いて,ガスダーミンD欠損細胞ではカスパーゼ1の活性化によりBid(※6)と呼ばれる細胞質タンパク質が切断され,アポトーシスが誘導されることを明らかにしました。さらに,金沢大学医薬保健研究域医学系の堀修教授らとの共同研究で生来的にガスダーミンDを発現しない神経細胞も,カスパーゼ1の活性化によりBid依存性のアポトーシスを起こすことを示しました。すなわち,これまでの報告を合わせると,カスパーゼ1はガスダーミンD発現細胞にはパイロトーシス,ガスダーミンDを発現しない細胞にはBid依存性アポトーシスを誘導することが明らかになりました。
脳梗塞やアルツハイマー病,筋萎縮性側索硬化症などの動物モデルでは神経細胞死にカスパーゼ1が関与していることが報告されており,本研究成果は,これらの疾患の発症メカニズムの解明にも役立つと期待されます。
本研究成果は,2019年5月7日(英国時間)に英国科学誌『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。
図1. カスパーゼ1活性化が引き起こす2種類の細胞死の特徴
カスパーゼ1はパイロトーシスと呼ばれるネクローシス(※7)様の細胞死を誘導するが,発見された当初はアポトーシスを誘導すると言われていた。しかし,特徴の異なる2種類の細胞死を引き起こす理由は明らかにされていなかった。
図2. カスパーゼ1による2種類のプログラム細胞死のメカニズム
カスパーゼは,マクロファージのようなガスダーミンDを発現する細胞ではパイロトーシスを誘導する。他方,ガスダーミンDを発現しない神経細胞などの細胞では,カスパーゼ1がBidを活性化することでアポトーシスを誘導することが明らかになった。
【用語解説】
※1 カスパーゼ1
細胞質に存在し,病原体の感染やさまざまなストレスに応答して活性化されると細胞に自殺を誘導するタンパク質分解酵素。インターロイキン-1(IL-1)βやIL-18などの炎症誘導因子の未熟型(不活性型)を切断し,成熟型(活性型)に変換することで,炎症の誘導にも働く。
※2 ガスダーミンD
細胞質に存在し,カスパーゼ1によって切断されるとパイロトーシスを誘導するタンパク質。カスパーゼ1によって切断された断片の一方が集合して細胞膜に穴を開けると,細胞内へ水などが流入し,細胞を破裂させると考えられている。
※3 アポトーシス
カスパーゼの活性化に伴って誘導される代表的なプログラム細胞死であり,発生,免疫,がん抑制などの多岐にわたる生命現象に関与する。細胞の収縮,細胞膜からの小胞(アポトーシス小体)形成,核の濃縮・断片化などの特徴的な形態変化を伴うが,しばらくは細胞膜のバリア機能が維持される。一方,細胞表面に貪食を誘発する因子が出現し,マクロファージや周囲の細胞によって速やかに貪食される。このため細胞内の炎症誘導物質などが放出され難く,マクロファージの処理能力を超えるほど多くの細胞が一度にアポトーシスを起こさない限り,一般的にはあまり炎症を誘導しないと言われている。
※4 マクロファージ
高い貪食能を持つ白血球の一種。細菌などの貪食・排除に働くが,病原性の高い細菌の中にはマクロファージに寄生して,増殖するものもある。
※5 パイロトーシス
カスパーゼ1,4または5の活性化によって誘導される炎症誘導性のプログラム細胞死。パイロトーシスを起こした細胞は速やかに破裂し,細胞内からさまざまな炎症誘導物質が放出される。そのため,周囲に強い炎症が誘導される。細菌感染等に対する生体防御に働くが,敗血症などの病気の発症にも働く。
※6 Bid
カスパーゼ8などによって切断されると活性化し,ミトコンドリアからチトクロムCを放出させ,アポトーシスを誘導する細胞質タンパク質として知られている。カスパーゼ1もBidを切断することが報告されていたが,その意義は不明であった。
※7 ネクローシス
速やかな細胞膜の破壊を特徴とする細胞死。細胞内の炎症誘導物質の漏出により,炎症を誘導する。以前は,専ら外因による非プログラム細胞死と考えられていたが,近年,パイロトーシスやネクロトーシスなど,ネクローシス様の形態変化を伴うプログラム細胞死の存在が明らかになった。
研究者情報:須田 貴司
研究者情報:土屋 晃介
研究者情報:堀 修