金沢大学新学術創成研究機構の三代憲司助教,理工研究域物質化学系の古山渓行准教授,医薬保健研究域薬学系の國嶋崇隆教授らの研究グループは,可視光を吸収する光触媒を利用した高反応性アルキンの生成方法の開発に成功しました。
安定な前駆体の光分解(※1)により特定の化学物質を生成する手法は,不安定な化学物質の用時調整ができること,光照射の位置・時間で化学物質の生成場所・タイミングを制御できること,波長の制御により選択的な化学反応が可能なことなどから,特に医薬品や高分子材料の合成,生体分子の化学修飾を通じた生命現象の解明に汎用されています。
アルキン(※2)は様々な化学反応に利用され,その中でも高い反応性を持つシクロオクチンやイナミンは,比較的反応性の低い反応剤とも迅速に反応するため化学反応を行うのに有用な一方で,安定性が低く,望まないタイミングで分解し得るため反応の制御が困難です。
これまでシクロプロペノンの紫外光による光分解により高反応性アルキンを生成する方法が開発されてきましたが,この手法は紫外光で分解を受けやすいタンパク質等への適用において望まない分解反応が起こる懸念がありました。また,より長波長の光を用いる二光子励起(※3)を利用する手法も報告されていますが,適用可能な化学構造に制限があること,高価なレーザー装置を必要とすることなどの欠点がありました。
本研究グループは,可視光を吸収する光触媒を共存させることにより,シクロプロペノン構造を持つ前駆体から可視光条件でシクロオクチンやイナミンを発生させ,それらをアルキンアジドクリック反応(※4)および脱水縮合反応(※5)に用いる技術を世界で初めて開発しました。従来法に比べると,紫外光で分解されてしまう化合物の共存下で反応が行えること,市販の蛍光灯と安価な光触媒を用いる簡便な条件で反応が行えること,二光子励起が困難なシクロプロペノンに関しても理論上応用可能であることなどの利点を持ちます。
今後,紫外光を照射すると分解されてしまうタンパク質の化学修飾,他の高反応性アルキンの発生・利用などに用いられることにより,創薬分野や工業分野の発展につながることが期待されます。
本研究成果は,2019年5月22日(米国東海岸標準時間)に国際学術誌『Organic Letters』のオンライン版に掲載されました。
図.
可視光を使用した光分解によって得られるシクロオクチンやイナミンなどの高反応性アルキンは,アルキン-アジドクリック反応や脱水縮合等の化学反応に直接使用可能。任意の場所,タイミングで高反応性アルキンを用いた反応を行うことができるため,生体分子や高分子の化学修飾に特に有用であると期待できる。
【用語解説】
※1 光分解
光子によって分子が分解される化学反応現象。物質が光のエネルギーを吸収することで起こる光化学反応の一種。
※2 アルキン
炭素-炭素間三重結合を持つ炭化水素の総称。アルキンを用いる化学反応は,医薬品や高分子材料の合成,生体分子の化学修飾等さまざまなものに利用されている。
※3 二光子励起
ある物質が特定のエネルギーを持つ光子1つを吸収して形成されるのと同様な活性化状態が,半分のエネルギーを持つ光子を2つ吸収することによって形成される現象。比較的エネルギーが低く透過性の高い長波長光を用いることができるため,光に不安定な化学物質が共存し高エネルギーの光を用いるのが難しい場合や,生体組織の深部にある化学物質を光により活性化したい場合に有用。
※4 アルキン-アジドクリック反応
アルキンとアジドが反応してトリアゾールを形成する反応。アルキン構造を持つ化合物とアジド構造を持つ化合物を繋げるのに有用。タンパク質のような多数の反応点をもつ複雑な分子が共存する環境でもアルキンとアジドは選択的に反応するため,複雑な生体分子の化学修飾等に特に有用。
※5 脱水縮合
2つの分子が水の脱離を伴いながら共有結合を形成する反応。カルボン酸とアミンからアミドを形成する反応,カルボン酸とアルコールからエステルを形成する反応等が代表的。
研究者情報:三代 憲司
研究者情報:古山 渓行
研究者情報:國嶋 崇隆