金沢大学学際科学実験センターの西山智明助教と,基礎生物学研究所/総合研究大学院大学のゲルゴ・パルファルビ大学院生,長谷部光泰教授,宇都宮大学の玉田洋介准教授,独国・ヴュルツブルク大学のライナー・ヘドリッヒ教授らの国際共同研究グループは,モウセンゴケ科に属する食虫植物のゲノムの解読に成功し,モウセンゴケ科の祖先の段階で起きたゲノム重複(※1)により増加した遺伝子が,誘引,捕獲,消化,吸収といった食虫性に関わる機能を進化させた可能性が高いことを見いだしました。
食虫植物は葉で小動物を誘引,捕獲,消化,吸収し栄養としており,他の植物が生育できないような貧栄養地で生育することが可能です。また,食虫植物は植物の進化の中で,9回独立に進化したと推定されており,世界に約600種が知られています。これまで,食虫植物の誘引,捕獲,消化,吸収という機能に係る多くの遺伝子が,ほぼ同じ時期にどのようにして進化をしてきたのかは不明でした。
本研究では,モウセンゴケ科に属する,モウセンゴケ属のコモウセンゴケ,ハエトリソウ,ムジナモの3種のゲノムの解読に成功し,その結果,モウセンゴケ科の祖先の段階で,ゲノム重複が起きたことが分かりました。また,ゲノム重複により,耐病性遺伝子(※2)と同じ遺伝子ができ,元からある遺伝子が耐病性の機能を保ちつつ,新しくできた遺伝子が消化酵素へと進化した可能性が高いことが分かりました。さらにゲノム全体の遺伝子を調べたところ,消化酵素以外でも,誘引,捕獲,消化,吸収に関わるような279の食中性関連遺伝子群が,ゲノム重複に伴い,近縁の非食虫植物と比べて増加していることが分かりました。一方,3種ともこれまでに報告された他の植物と比べ,最も遺伝子数が少ない部類であることもわかりました。このことは,ゲノム重複で遺伝子数が増えた後,3属が種分化するより前に,遺伝子数が大きく減少したことを示しています。これらのことから、モウセンゴケ科の祖先で食虫性が進化した後,コモウセンゴケ,ハエトリソウ,ムジナモのそれぞれの系統でゲノムが大きく変化し,その結果として,現在の多様な捕虫葉形態を生み出したのではないかと推定されます。
本研究により,ゲノム重複による遺伝子数の一時的な増加と,増加して自由度が高まった遺伝子が,食虫性という新しい機能を進化させる上で重要だったことが分かりました。また,特定の遺伝子の重複ではなく,ゲノム重複を行うことで,さまざまな機能を持った遺伝子の自由度が高まり,誘引,捕獲,消化,吸収といった食虫性に必要となる多様な機能をほぼ同じ時期に進化させることが可能になったと考えられます。
本研究成果は,2020年5月14日(米国東部標準時間)に米国科学雑誌『Current Biology』に掲載されました。
図1. 本研究でゲノム解読したモウセンゴケ科の3種。モウセンゴケ属コモウセンゴケ,ハエトリソウ属ハエトリソウ,ムジナモ属ムジナモ。
図2. 食虫植物の進化過程で起こったゲノムの変化
図3. ゲノム重複による食虫性の進化の模式図
【用語解説】
※1 ゲノム重複
ゲノムに含まれる遺伝子がすべて重複して倍数体になること。
※2 耐病性遺伝子
病気の原因となるウイルス,細菌,カビなどを分解する酵素を作る遺伝子。
研究者情報:西山 智明