金沢大学がん進展制御研究所の河野晋特任助教と髙橋智聡教授らの研究グループは,進行前立腺がんの弱点を突く新しい治療薬の開発に成功しました。
前立腺がんは,胃がんや肺がん,大腸がんなどと並び,男性が罹患するがんの中でも患者数が多く,特に60歳以上の高齢男性の罹患率が高いがんです。比較的に進行が遅い特徴を持つがんですが,転移することがあり,既に他臓器に広がっている場合は「進行前立腺がん」と呼ばれます。進行前立腺がんは,男性ホルモンを抑える薬を投与して治療しますが,このホルモン療法を続けていると2年ほどで効果が出にくくなることもあり,新しい治療法の開発が期待されています。
本研究では,進行前立腺がんにおいて10-30%の割合で発生するRB1遺伝子欠失(※1)に付随して起こるSUCLA2遺伝子欠失(※2)に注目し,これを標的としてがんの進行を抑制する新しい治療薬剤を開発しました。およそ2000個の化合物を調査し,その中でチモキノン(※3)と呼ばれる化合物が,SUCLA2遺伝子欠失の進行前立腺がんの治療に効果的であることを明らかにしました。
RB1遺伝子欠失は,一般にがんの生育のための助けとなりますが,進行前立腺がんのかなりの割合がRB1遺伝子に加えてSUCLA2遺伝子の欠失を抱えてしまうため,そのことがかえって,本症の弱点となることが本研究によって明らかになりました。本研究によって見いだされた治療薬は,今後,進行前立腺がんだけではなく,SUCLA2遺伝子欠失が一定程度の患者において観察されている肝細胞がんなどさまざまながんの新しい治療にもつながることが期待されます。
本研究成果は,2020年7月21日(英国時間)に国際学術誌『Oncogene』のオンライン版に掲載されました。
前立腺がんの進行時に起こるRB1遺伝子欠失は近くのSUCLA2遺伝子を巻き込む。チモキノンはこのがん細胞の弱点を突き,細胞死を誘導する。
【用語解説】
※1 RB1遺伝子欠失
がんを抑制するRB1遺伝子は,網膜芽細胞腫や小細胞肺がんの発症するときに変異・欠失したり,前立腺がんのようにがんが進行するときに欠失したりする。
※2 SUCLA2遺伝子欠失
SUCLA2遺伝子はクエン酸回路を構成する代謝酵素の一つをコードしており,生殖系列における変異はミトコンドリア脳筋症という遺伝疾患を引き起こす。SUCLA2遺伝子の欠失により,がん細胞の代謝経路に脆弱性をもたらす。
※3 チモキノン
ブラッククミンシードと呼ばれる植物ニゲラサティバの抽出物の有効成分。抗酸化作用があるとされ,炎症,肝臓病,がんやアルツハイマー病への効能が期待されている。チモキノンが結合する分子標的はまだ判明していない。
研究者情報:河野 晋
研究者情報:髙橋 智聡