金沢大学ナノ生命科学研究所の華山力成教授,大学院医薬保健学総合研究科医学専攻医学博士課程のグエン トゥアンさん,宮竹佑治さん(研究当時,現東海大学総合医学研究所奨励研究員)らの研究グループは,がん悪液質(※1)において脂肪組織を減少させる原因となる物質を新たに特定しました。
がん悪液質とは,がんの進行に伴い患者の体重が減少し衰弱する現象であり,進行がんのおよそ8割の患者に認められます。これにより歩くことが困難になったり,抗がん剤治療の効果が減弱したりするなどさまざまな問題が生じるため,その原因究明と予防法の開発が求められています。
今回,本研究グループは,がん細胞が分泌するproliferin-1(※2)と呼ばれるタンパク質が脂肪細胞に働きかけて,脂肪生成の阻害や脂肪分解の促進を制御することを見いだしました。まず,さまざまながん細胞の培養上清液を成熟中の脂肪細胞に添加することで,脂肪生成を阻害する培養上清液を選出しました(図1)。次にその培養上清液の成分を分画して分析することで,脂肪生成の阻害を引き起こす原因物質として,proliferin-1を特定しました。実際に,このproliferin-1の組み換え体タンパク質(※3)を成熟中の脂肪細胞に添加したところ,脂肪の生成を阻害しました(図2)。また,proliferin-1を成熟後の脂肪細胞に添加したところ,貯蔵されていた脂肪の分解を促進しました。これらの作用により,マウスにproliferin-1を投与した場合には,脂肪組織の減少が引き起こされました。さらに,通常マウスにがん細胞を移植すると悪液質による脂肪組織減少が生じますが,proliferin-1を欠損させたがん細胞の場合では,その減少が抑えられることが判明しました。
本研究により,がん細胞が放出するproliferin-1が悪液質における脂肪組織の減少を引き起こしており,その作用を阻害することでがん悪液質を改善できる可能性が示唆されました。今後,がん患者のQOL(※4)や予後を改善する新たな治療標的として研究・開発の発展が期待されます。
本研究成果は,2020年11月30日に国際対がん連合(UICC)の機関誌『International Journal of Cancer』に“Accepted Article”として掲載されました。
図1. がん細胞の培養上清液による脂肪生成の阻害
成熟中の脂肪細胞内に貯蔵される脂肪を赤色の試薬で検出した。乳がん細胞の培養上清液を添加して培養することで,対照群(Control)に比べて脂肪の生成が著しく阻害された。
図2.Proliferin-1による脂肪生成の阻害
成熟中の脂肪細胞にproliferin-1組み換え体タンパク質を添加して5日間培養した後に貯蔵されている脂肪量を測定した。何も加えていないControlとの相対比を示す。(*p < 0.01; **p < 0.05)
図3.Proliferin-1発現がん細胞による脂肪組織の減少
野生型(WT)のがん細胞をマウスに移植すると移植しない対照群(PBS)に比べて,性腺の脂肪組織の重量が減少する。一方,proliferin-1を欠損させたがん細胞(Plf-1 KO)の移植では,その減少が抑制されたが,proliferin-1を再発現させると(Plf-1 KO + Plf-1),再び脂肪組織の減少が引き起こされた。(*p < 0.01)
※1 がん悪液質
がんの罹患により脂肪組織と骨格筋が消耗し体重が減少する病態。通常の栄養サポートでは完全に回復することができない。
※2 proliferin-1
胎盤ホルモンの一種として同定されたタンパク質で,これまでに血管を新生する作用などが報告されている。
※3 組み換え体タンパク質
組み換えDNA技術を用いて人工的に大量合成されたタンパク質。
※4 QOL
Quality of Life。患者の肉体的・精神的・社会的な生活の質を意味する。
International Journal of Cancer
研究者情報:華山 力成