金沢大学がん進展制御研究所/ナノ生命科学研究所の矢野聖二教授,がん進展制御研究所の谷本梓助教,国立がん研究センター東病院呼吸器内科の松本慎吾医長,後藤功一科長らの共同研究グループは,分子標的薬(※1)にさらされた肺がん細胞が,TP53遺伝子(※2)の変異を有することにより,抵抗し生き延びることを初めて明らかにしました。
がんの分子標的薬は,肺がん患者において高い効果を示しますが,一部の患者では長く効果が持続せず早期に再発することが問題でした。
本研究グループは,ALK融合遺伝子陽性肺がん(※3)において,がん抑制遺伝子であるTP53遺伝子の機能が低下していることで,分子標的薬の効果が十分に発揮されないメカニズムを解明しました。さらに,動物実験において分子標的薬にプロテアソーム阻害薬(※4)を併用することにより,治療に抵抗性であった腫瘍を縮小させることにも成功しました。
本研究成果は,将来,分子標的薬の恩恵を受けられない肺がん患者への新たな治療につながるものと期待されます。
本研究成果は,2020年12月11日(米国時間)に米国科学誌『Clinical Cancer Research」のオンライン版に掲載されました。
図1. 日本人のALK融合遺伝子陽性肺がん患者におけるTP53変異の頻度
図2.TP53野生型と変異型におけるアレクチニブの無増悪生存期間
図3. TP53変異陽性のALK融合遺伝子肺がんに対してプロテアソーム阻害薬がNoxaを蓄積してアポトーシスを誘導する
※1 分子標的薬
がんの増殖や生存に重要な役割を果している分子にピンポイントで作用する薬。2001年に白血病に対するイマチニブ(商品名グリベック)と乳がんに対するトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)が認可されたのを皮切りに,日本では現在40種類以上の分子標的薬ががんに対して認可されている。
※2 TP53遺伝子
がん抑制遺伝子として,DNA修復,アポトーシス誘導,細胞周期のチェックポイントとして作用する。TP53によって制御されている標的遺伝子は少なくとも200 ~ 300存在すると言われており,多数の機能を発揮する。
※3 ALK融合遺伝子陽性肺がん
染色体のALK遺伝子がEML4などの他の遺伝子と融合することで生じる肺がんで,日本人の約4%を占める。融合遺伝子となった蛋白質からのシグナルにより生存・増殖しており,これを抑制する分子標的薬であるALKチロシンキナーゼ阻害薬がよく効く。
※4 プロテアソーム阻害薬
細胞内で不要になったタンパク質を分解するプロテアソームを阻害する薬剤であり,特定のタンパク質を蓄積させることでがん細胞のアポトーシスを誘導する。
研究者情報:矢野 聖二
研究者情報:谷本 梓