反強磁性体で世界最大の自発磁気効果をもつ低消費電力磁気メモリ材料 ~反強磁性体におけるワイル粒子の発見~

掲載日:2021-2-2
研究

【本研究のポイント】
・世界最大の横磁気効果を持つ反強磁性体金属を発見しました。
ワイル粒子(※1)と呼ばれる固体中の相対論的粒子が巨大な横磁気効果の起源であることを示しました。
・ 漏れ磁場が少なく数百ガウスで磁化反転可能な反強磁性材料のため,高集積可能な新しい不揮発性メモリの材料として期待されます。

 

 

スマートフォンやタブレットなどの内蔵ストレージに採用されているメインメモリには,電源をオフにするとデータが失われる「揮発性メモリ」が使われており,データ保持に過度な電力消費をしてしまいます。消費電力削減のために,強磁性体の磁化方向を利用して電力供給せずともデータ保持が可能な不揮発性記憶素子を使用したメモリ開発が進んでいますが,今後急速に増える情報量とともに集積化が進めば,記憶素子間の漏れ磁場の影響によりメモリ容量の限界が来ると考えられています。

今回,金沢大学ナノマテリアル研究所の石井史之准教授および博士後期課程大学院生の見波将さん(研究当時:現東京大学特任研究員)と,東京大学,東北大学,理化学研究所などの共同研究グループは,マンガン化合物Mn3Geの反強磁性体(図1a)において,これまでにないゼロ磁場での巨大な異常ホール効果を見いだし,同時にネルンスト効果(図2a,b)と呼ばれる磁気熱量効果が反強磁性体の中で最大値を示すことを発見しました。

従来の強磁性体材料では磁化に比例した横磁気効果,すなわち異常ホール効果や異常ネルンスト効果が現れるのが一般的でしたが,従来の概念を打ち破り磁化がほぼない反強磁性体で従来の強磁性体金属と同程度のサイズの効果がゼロ磁場室温で見いだされました。従来の強磁性体の場合,自発磁化による漏れ磁場の影響がありましたが,反強磁性体の場合はスピンを反対向きに揃っているため全体のスピンが作り出す漏れ磁場はほとんどありません。特に,異常ホール効果は電流と垂直に得られる起電力応答のため素子構造が単純であること,マンガン化合物が二元系の廉価で毒性のない元素で構成されていることから不揮発性メモリ素子への展開が可能です。また反強磁性体材料は,理論的に強磁性体より高速動作が可能であることから,今後,消費電力を抑えたビッグデータの記録および高速処理をともに可能とする反強磁性不揮発性メモリ材料として期待できます。

反強磁性体で見られた巨大な仮想磁場の起源はMn3Geのカゴメ格子と呼ばれる磁気構造(図1a)に起因するトポロジカルな効果であると考えられています。1つのマンガン元素あたり数ミリμB という値で,一般的な強磁性体の1000分の1に相当するような非常に小さな磁化です。磁化測定の結果では,数百ガウスという比較的小さい磁場によって磁化の反転が見られ(図2),ホール効果と同様にネルンスト効果の電圧の符号が磁場の符号で反転することも観測されました。

また第一原理計算(※2)を用いた物質のバンド計算から,外から磁場や内部の磁化により生じる磁場ではない仮想磁場(図1c,※3)が電子を曲げると考えられており,仮想磁場の起源として正負のワイル粒子(図1c,※1)と呼ばれるモノポールが作る運動量空間の磁場が実空間での仮想磁場として存在することが予言されていました。これは固体のトポロジカル効果(※4)と呼ばれています。

本研究で行ったワイル粒子を考慮した理論計算から,得られた異常ホール効果と異常ネルンスト効果は実験結果と一致することが分かりました。一連の結果は,この現象がワイル粒子により引き起こされたことを示しており,理論から提案された新しいトポロジカル現象を実験的に検証した重要な結果です。

本研究成果は英国科学誌『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。

  

 図1. 反強磁性体Mn3Geのワイル粒子生成の概念図

(a) 反強磁性体Mn3Geの実空間での結晶構造と磁場中での磁気構造。z = 0面とz = 1/2面の二層を持つカゴメ格子構造と呼ばれる三角形ベースの結晶構造。磁場B ||[21 ̅1 ̅0]にかけた場合の逆スピン三角構造と呼ばれるMn(マンガン)スピンの磁気構造の様子。反強磁性体における反強磁性磁気共鳴周波数は交換結合に起因する交換磁場に比例するため,強磁性体に比べて圧倒的に高くなり,テラヘルツ帯の高速動作が可能。(b) 運動量空間でのディラックコーンが対称点にあった際,(c) 磁性体の時間反転の破れによりノーダルラインが現れる。さらに強いスピン軌道相互作用が現れることで,(d) 2点を残したギャップが開くことで運動量空間内に正負のワイル点を持つワイル金属状態が生成される。

 

図2.

(a) Mn3Geにおけるネルンスト係数と磁化の温度依存性。ゼロ磁場でもネルンスト効果がのこるため異常ネルンスト効果を示す。(b) ゼロ磁場での異常ネルンスト効果の温度依存性。温度100 Kにてネルンスト係数が最大値を示す。

 

【用語解説】

※1 ワイル粒子 (ワイルフェルミオン)
ワイル粒子に対応した素粒子は自然界ではまだ観測されていない。低エネルギー凝縮系物質において出現する粒子の1つで,磁性体のバンド構造中に現れることが予想されている。

※2 第一原理計算
実験で得られた値を用いず,結晶構造のみから量子力学に基づいて物質の電子状態や物性を計算する手法。物質の本質的な振る舞いを予言,解明するのに有効である。

※3 仮想磁場
 ワイル粒子に対応した素粒子は自然界ではまだ観測されていない。低エネルギー凝縮系物質において出現する粒子の1つで,磁性体のバンド構造中に現れることが予想されている。

※4 トポロジカル効果
 電子は量子力学的に波動関数で一般に表される。その波動関数の位相情報が物質の巨視的な性質,たとえばホール効果として現れる場合がある。これは波動関数が作る電子構造の幾何学的な性質が重要であり,トポロジカルな性質と呼ばれている。

 

詳しくはこちら

Nature Communications

研究者情報:石井 史之

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