金沢大学医薬保健研究域医学系の前島隆司准教授,三枝理博教授らと,明治大学,東邦大学,自然科学研究機構の共同研究グループは,体内時計が動物の行動する時間帯を設定する制御メカニズムの一端を明らかにしました。
ヒトを含む哺乳類の行動や睡眠,さまざまな身体機能は,約24時間周期のリズム(サーカディアンリズム,概日リズム)を保つように調節されています。サーカディアンリズムは脳内の視床下部の一部,視交叉上核に存在する体内時計により制御されており,1日のどの時間帯に起きて行動するかなどの大まかなパターンが決められています。
視交叉上核内の個々の神経細胞には,時計遺伝子(※1)を中心とした,リズムを生み出す分子機構が備わっています。しかし,そのリズムに即して適切な時間帯に動物の行動や覚醒を引き起こすメカニズムについては,不明な点が多く残されていました。
本研究グループは,視交叉上核の一部の神経細胞から放出される神経伝達物質GABA(※2)によって,時計遺伝子リズムの適切な時間枠に視交叉上核の神経活動を限定することで,動物の行動が適切な時間帯に起きることを見出しました。
時計が正確でも,オン・オフタイマーの設定が狂っていたら,意味を成しません。このような体内時計における作動時間帯の設定メカニズムを明らかにすることで,体内時計に即した睡眠・覚醒制御機構やさまざまな身体機能の発現機構の理解が深まり,睡眠障害,自律神経失調,メタボリックシンドロームなど,生活リズムの乱れに起因するさまざまな疾患・健康障害の治療・改善に応用できると期待されます。
本研究成果は,2021 年 2月 1日(東部標準時間)に米国科学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』のオンライン版に掲載されました。
図.
バソプレシン産生ニューロンは,神経伝達物質GABAを介し,視交叉上核の神経活動を制約し、動物が行動する時間帯を決めている。視交叉上核内のほぼ全ての神経細胞は神経伝達物質GABAを持つ。遺伝子工学により,背側部に存在するバソプレシン産生神経細胞のみGABAの放出能力を損なわせても,時計遺伝子に駆動される分子時計は正常に時を刻む。しかし,視交叉上核内の神経細胞の電気的活動は昼と夜それぞれにピークができる二峰性のリズムを生じる。それに伴い,マウスの行動リズムも二峰性に変化し,行動の開始時刻が早まり,終了時刻は遅れる。
※1 時計遺伝子
細胞内でサーカディアンリズムを司る遺伝子群。Clock,Period遺伝子などがある。2017年のノーベル生理学・医学賞は,最初の時計遺伝子を発見し,体内時計に関わる基本的な分子メカニズムを解明した3氏に授与された。
※2 GABA(γ-アミノ酪酸)
脳内の主要な抑制性の神経伝達物質。神経細胞同士は,神経伝達物質を介して情報伝達を行う。しかしながら,視交叉上核では,GABAが興奮性に働く可能性も考えられている。
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
研究者情報:三枝 理博