金沢大学医薬保健研究域医学系の西山正章教授,川村敦生博士研究員,九州大学生体防御医学研究所の中山敬一主幹教授らの研究グループは,自閉症の原因タンパク質であるCHD8(※1)が,小脳(※2)の発生と運動機能に重要な役割を果たすことを明らかにしました。
CHD8は,自閉症患者において最も高頻度で変異が認められている遺伝子です。CHD8遺伝子に変異を持つ自閉症では,コミュニケーション異常や固執傾向といった自閉症特有の症状の他に協調運動障害が認められます。しかし,CHD8の変異がこれらの症状にどのように影響を与えているかは不明でした。
本研究グループは,近年自閉症との関連が報告され,運動制御にも重要な役割を果たしている小脳に着目して解析を行いました。その結果,小脳顆粒細胞(※3)特異的にCHD8 遺伝子を欠損させたマウスでは,小脳の著明な低形成が認められ,自閉症患者でよくみられる症状の一つの協調運動障害を示すことを発見しました。CHD8を欠損した小脳顆粒細胞はシナプス(※4)機能の低下を示し,その前駆細胞は増殖の低下を示すことが分かりました。また遺伝子発現解析から,CHD8は小脳顆粒細胞の増殖や分化,シナプスの機能に関わる遺伝子の発現を直接調節していることが明らかになり,CHD8は遺伝子発現の調節を介して,小脳顆粒細胞のシナプス機能や前駆細胞の増殖・分化などを制御しており,正常な小脳発生に重要な機能を担っていることを突き止めました。
本研究により,自閉症発症の原因遺伝子であるCHD8が小脳の発生において重要な機能を果たすことが明らかとなり,今後のCHD8遺伝子に変異を持つ自閉症患者の効果的な治療法開発の扶翼となることが期待されます。
本研究成果は,2021年4月6日(火)午前11時(米国東部時間)に米国科学雑誌『Cell Reports』に公開されました。
図1. CHD8は小脳の発生と運動機能を制御する
図2. CHD8によるクロマチンリモデリング
染色体(クロマチン)は,DNAがヒストンというタンパク質に巻き付いたヌクレオソームという構造をとることで,高度に折り畳まれて核の中に収納されている。遺伝子が発現する際には,この染色体が弛緩したり凝縮したりすることで制御されている。CHD8はこの染色体の構造を変化させるクロマチンリモデリング活性を有しており,遺伝子の転写のONとOFFを制御している。
図3. CHD8欠損により小脳の発生が障害される
脳特異的にCHD8を欠損させたマウスは小脳の低形成を示す(左図)。小脳皮質は分子層(ピンク色)と顆粒層(青紫色),その間の神経細胞層の3層構造から成るが,脳特異的にCHD8を欠損させたマウスはその層構造が失われていた(右図)。
図4. CHD8を欠損した小脳顆粒細胞ではシナプス機能が低下している
小脳顆粒細胞は分子層に向けて軸索を伸ばし,平行線維となってプルキンエ細胞の樹状突起とシナプスを形成する。平行線維を電気刺激し,それに対するシナプス応答(EPSC)をプルキンエ細胞から記録した(左図)。小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠損させたマウスではこの平行線維とプルキンエ細胞間のシナプス応答が低下していた(中図,右図)。
図5. 小脳顆粒細胞特異的CHD8欠損マウスは運動機能が低下している
ロータロッド試験は協調運動や運動学習などの運動機能を評価するための試験。回転する棒の上にマウスを乗せて,回転する速度を徐々に上げ,マウスが落下するまでの時間を測定する。小脳顆粒細胞特異的にCHD8を欠損させたマウスではマウスが落下するまでの時間が短くなっており,協調運動障害を示すことが分かった。
図6. CHD8は小脳顆粒細胞に関わる遺伝子の発現を制御している
CHD8は遺伝子の転写開始点に結合し,標的遺伝子の発現を制御している。CHD8を欠損した小脳顆粒細胞では細胞増殖やシナプス機能,神経発生に関わる遺伝子の発現が顕著に低下していることが判明した。
【用語解説】
※1 Chromodomain Helicase DNA binding protein 8 (CHD8)
細胞内のエネルギーを使用して染色体構造を変化させ,遺伝子の発現調節を担うクロマチンリモデリング因子という一群のタンパク質の一種。
※2 小脳
脳の領域の一部で,主に運動機能の制御を行っている。最近の知見から認知機能や社会性,情動の制御も担っていると考えられている。
※3 小脳顆粒細胞
小脳の中で最も多く存在する神経細胞で,細胞体は小脳皮質の顆粒層に高密度に存在している。小脳顆粒細胞の軸索(平行線維)はプルキンエ細胞の樹状突起とシナプスを形成し,情報を伝達している。
※4 シナプス
神経細胞間の情報伝達のための接合部のこと。シナプスでは神経伝達物質により情報の伝達が行われている。