金沢大学人間社会研究域の吉村優子准教授,医薬保健研究域医学系精神行動科学の菊知充教授,子どものこころの発達研究センターの研究グループは,産学官連携のプロジェクトで開発した「幼児用脳磁計」(図1)を活用し,5歳から8歳の知的な遅れのない自閉スペクトラム症の子どもにおいて,音に対する脳の反応が,同年齢の典型的な発達の子どもたちと比較して,早く起こることを明らかにしました。さらに,自閉スペクトラム症児では,音に対する脳の反応の速さが,言語能力に関与していることを明らかにしました。
自閉症スペクトラム障害(※1)は,言語・非言語を用いた社会的コミュニケーションの障害を主徴とする代表的な発達障害です。これまでの研究から,自閉スペクトラム症児(者)の,音を聞いた際の脳の反応についていくつか報告がありましたが,6歳前後の低年齢,かつ知的な遅れのない子どもたちの音を聞いた時の脳の反応や言語能力との関連については明らかにされていませんでした。
本研究では,5歳から8歳の自閉スペクトラム症の子ども29名と典型的な発達の子ども46名を対象に,子どもに優しい脳イメージング装置である幼児用MEGを用いて,純音(※2)を聞いているときの脳活動を小児専用の脳磁計(magnetoencephalography;MEG)で捉えました(図2)。さらに,言語能力の評価を実施し,脳磁計によって得られた脳の反応と言語能力の関連を調べました。その結果,言語発達や知的発達に遅れのない自閉スペクトラム症の子どもたちは,典型的な発達の子どもに比べ,音に対して脳の聴覚野で起こる反応が速いことを初めて示しました。さらに,自閉スペクトラム症の子どもでは,音に対する脳の反応の速さと言語能力の高さに関連があることを確認しました(図3)。典型的な発達の子どもでは,音に対する脳の反応と言語能力の間には関連がみられませんでした。本結果は,小児期の知的発達に遅れのない自閉スペクトラム症児では,音の処理に関する脳の領域が言語発達に関わっており,典型的な発達の子どもたちに比べて,早熟である可能性を示唆しています。これまでの研究から,自閉スペクトラム症者と典型的な発達の人では,脳の成熟の仕方が異なることが示唆されてきましたが,より低年齢で,言語発達に関連する脳領域において,発達の仕方に違いがあることを,今回新たに示しました。この研究成果をもとに,自閉スペクトラム症の子どもたちの言語獲得について客観的理解の促進や特性に合った指導方法の開発といった展開が期待されます。
本研究成果は,2021年3月5日にスイスの科学誌『International Journal of Molecular Science』のオンライン版に掲載されました。
図1. 幼児用脳磁計
図2. 音に対する左半球の大脳皮質活動
図3. 音に対する脳反応の速さと言語能力の関連
※1 自閉スペクトラム症
1)対人相互作用の障害,2)言語的コミュニケーションの障害,3)常同的・反復的行動様式などを示し,その病像は種類や重症度の点で非常に多彩である。その原因は感情や認知といった部分に関与する脳の異常だと考えられている。自閉症的な特性は,重度の知的障害を伴った自閉症から,知的機能の高い自閉症までスペクトラムを形成するという考えに基づいている。
※2 純音
ある1つの周波数の成分だけで構成される音。空気の密と疎が単純に等間隔に繰り返すような波(正弦波)で表され,音の高さは一定であり,単調な感じがする。聴力検査などに用いられる人工音。