金沢大学医薬保健研究域医学系(泌尿器集学的治療学)の溝上敦教授,附属病院泌尿器科の泉浩二講師およびがん進展制御研究所(腫瘍内科)の矢野聖二教授の共同研究グループは,男性の進行がん患者に男性ホルモンの一つ,テストステロンを投与することにより,がん悪液質を改善させる可能性があることを世界ではじめて明らかにしました。
進行がんではがん悪液質という状態になるとさまざまな精神的・身体的症状が現れます。男性進行がん患者にテストステロンを補充すると,がん悪液質の状態を反映するTNF-αの血中濃度が低下することを発見しました。また,テストステロン投与により,「不幸感」が改善することも明らかになりました。
本研究から,性腺機能低下ががん悪液質の一因であることが明らかになりました。将来,テストステロン補充療法により進行がん患者の症状を治療することが期待されます。
本研究成果は,2021年5月24日11時(アメリカ東部標準時間)にドイツ科学誌『Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle』のオンライン版に掲載されました。
図1. がん悪液質の病態生理
がん細胞からのTNF-αやIL-6などが全身臓器に作用し,がん悪液質が誘導される。さらにIGF-1の低下で骨格筋減少を惹起するなど,多彩な症状を誘発する。進行がん患者の約70%でテストステロン低下が認められ,がん悪液質の症状は性腺機能低下の症状と似ている。性腺機能低下ががん悪液質と関連している可能性が考えられる。
図2. QOLスコアの開始時からの変化
概ね経時的に無治療群よりテストステロン投与群でスコアが減少する傾向が見られた。不幸感については統計学的に有意な差が認められた。
図3. 悪液質マーカーの変化
無治療群では経過とともにTNF-αが増加したが,テストステロン投与群では増加を抑制することができた(TNF-αの上昇は悪液質が進行している傾向を示す)。また,無治療群では経過とともにIGF-1が減少したが,テストステロン投与群では減少を抑制することができた(IGF-1の低下は悪液質が進行している傾向を示す)。
図4. その他の血中濃度の変化
両群とも時間経過でトータルテストステロン(TT)の変化はなかったが,より症状と関連すると考えられるフリーテストステロン(FT)は減少する傾向が見られた。無治療群では経過とともにヘモグロビン値(Hb)が低下する傾向があったがテストステロン投与群では維持された。男性ホルモンは前立腺癌を悪化させる作用もあるため,前立腺癌の腫瘍マーカーである前立腺特異抗原(PSA)も測定したが,いずれの群も12週で大きな変化は認めらなかった。無治療群ではテストステロンの上流にあたる下垂体ホルモン(LHおよびFSH)が横ばいあるいは上昇していたが,投与群ではいずれも低下しており,テストステロン補充の作用(フィードバック)が顕著に反映された。