金沢大学疾患モデル総合研究センターの西山智明助教と,立教大学,東京大学,イギリス・ケンブリッジ大学,スイス・チューリヒ大学らの国際共同研究グループは,ツノゴケAnthoceros agrestisへの遺伝子導入方法の確立に成功しました。ツノゴケ類は,セン類,タイ類と維管束植物が分かれる頃に分かれた系統で,陸上植物最初期の進化を考える上で鍵となる系統です。西山助教らは2020年に同じツノゴケのゲノム解読を報告しており,今回の成果が加わることにより,陸上植物の進化の鍵を握るツノゴケ類の遺伝子の機能解析の道が開かれました。
本研究成果は2021年6月2日に科学雑誌『New Phytologist』に公開され,関連写真が表紙に採択されました。
【発表の背景】
約5億年前に陸上に進出した植物は,その進化の初期にタイ類,セン類,ツノゴケ類を含むコケ植物と被子植物を含む維管束植物にわかれたことから,コケ植物は陸上植物の進化を解き明かす鍵となる系統と考えられてきました。特にツノゴケ類は,1)緑藻と同様ピレノイド(※1) を含む葉緑体を細胞内に1〜2個持つ(図1),2)シアノバクテリアおよび菌根菌との共生能力を持つ,3)受精後の最初の分裂面が縦方向である,4)基部の分裂組織から非同調的に胞子を形成するツノ状の胞子体をつくる,5)葉緑体およびミトコンドリアで高頻度のRNA-editingが行われるなど,他の多くの植物と異なるユニークな特徴を持っており,その特徴をもたらす分子基盤の解析が待たれていました。これまでに,コケ植物では,セン類のヒメツリガネゴケとタイ類のゼニゴケをモデルとして,ゲノム情報と遺伝子導入技術を駆使して進化研究が進められてきましたが,ツノゴケ類への遺伝子導入は成功しておらず,ツノゴケ類の興味深い特徴をもたらす遺伝子を解析する手立てがありませんでした。本研究成果により,世界で初めてツノゴケ類A. agrestisへの遺伝子導入が可能となり,ツノゴケ類の興味深い特徴をもたらすと考えられる遺伝子の機能解析が可能となりました。
【今回の研究成果】
本研究により,1種2系統(Anthoceros agrestis Bonn系統およびOxford系統)のツノゴケへのアグロバクテリウムを介した安定形質転換体の作出に成功しました。アグロバクテリウム感染を介した形質転換法(※2)は植物で広く用いられています。本研究では,アグロバクテリウムを感染させるツノゴケ組織をあらかじめ弱光下で培養しておくことで(図2),実用的な形質転換効率の実現に成功しました。この方法を用いて多数の融合遺伝子導入実験を行い合計274系統の遺伝子組み換え体を作出しました。これにより,被子植物でよく使われているCaMV 35Sプロモーターおよび複数のツノゴケの内生プロモーターがツノゴケへの遺伝子導入に利用可能なこと,GUS(化学反応でタンパク質の存在を明らかにすることができる酵素:β-グルクロニダーゼを作る遺伝子)および複数の蛍光タンパク質がツノゴケに導入した際にシグナルとして認識できること,タンパク質を細胞内で特定の部位に局在させるための配列のうち2つが機能し,核あるいは細胞膜に局在させることができることを示しました(図1)。
当該研究グループでは2020年にツノゴケ類のゲノムを報告し,ツノゴケ類の興味深い特徴を裏付けるゲノムの特徴が見出されたことから,ツノゴケ類の形質転換系の確立は急務でした。本研究成果により,ツノゴケ類の進化的に興味深い形質をもたらす分子基盤の解明が可能になりました。また,本研究により公開されたツノゴケの遺伝子導入方法はツノゴケ類が持つ,多様な生物との共生能力や,二酸化炭素濃縮機構の解明をもたらすものであり,進化遺伝学的研究だけでなく,農業への応用も期待されます。
図1.表紙に採択された写真
細胞内の青色は核に局在する青色蛍光タンパク質,緑色は細胞膜に局在する緑色蛍光タンパク質,赤色は葉緑体である。
図2. 異なる光環境で培養したA. agrestis組織
(上)電気をつけていない昼間の屋内程度の弱い光(3–5 mol m-2 s-1)。(下)曇りの屋外程度の光(80 mol m-2 s-1)。
【用語解説】
※1 ピレノイド
藻類の葉緑体に含まれる構造で,二酸化炭素固定を触媒するルビスコの結晶。多くはデンプンなどの貯蔵物質で囲まれている。
※2 アグロバクテリウムを介した形質転換法
アグロバクテリウムは植物に自身の遺伝子の一部を送り込み,瘤を作らせる性質を持つ土壌細菌。アグロバクテリウムの瘤を作らせる遺伝子の代わりに,植物に導入したい配列を持たせることによって植物に遺伝子を導入する方法が開発されており,多くの植物で用いられている。
研究者情報:西山 智明